17話 査問会
カズラの襲撃から一週間後、俺は今、局長室で査問を受けていた。
内容は本件に関して俺の対応を問うものであり、前方にはこの部屋の主である防衛局長、両横には各部隊長が勢揃い、そして後ろにはクラウディア殿が居る。
「では、乙14142号、貴様の行動に間違いはなかったと言い張るのだな」
「はい。自分は仲間を守るべく、最善を尽くしたと考えます」
「この被害状況をして、よくもぬけぬけと言えたものだな。防衛局は貴様の実験場でも、ましてや遊び場ではないのだぞ!」
局長が持つ報告書には、今回の被害状況と被害総額が記載されているのだろう。これ見よがしにバサバサと音を立てるそれは、何十枚あるのかわからないが、全てが余白なく文字で書き潰されているようだった。
だってさー、しかたないって。ああなるなんて誰が予想できた? あれ以上に被害を出さない方法があったなら教えて欲しいもんだ。
そんな想いを込めた視線を防衛部隊長、護衛部隊長へ向けるも露骨に無視された。今回、随分と隊員を助けたハズなんだけどなぁ、この場に味方は居ないらしい。
尚もネチネチと言い連ねてくる防衛局長の罵声を聞き流しながら、俺の意識はこの一週間を思い出していた。
あの時――三体のカズラから砦を守るため、俺はいち早く出撃した。
連日の探索で疲労が溜まっているにも係わらず、魔女殿の激励を受けて絶好調となった俺は難なく一体目のカズラを撃破。続く二体目、三体目を防衛隊の助力を得て撃破――したまでは良かったのだ。
問題は、カズラ本体の体液には魔獣を引き寄せる効果があり、ついでに催淫効果もあったことだ。
本体から飛び散った体液につられて他のアギトやらゲキドやらの魔獣が集まってきて、いたるところで共食いや、その……交尾が始まりまして…………この世の地獄が出現した。
前例のないこの事態に、研究部隊はさぞかしデータ採取が捗ったことだろう。
しかし、防衛隊や護衛隊はそうはいかない。全部が共食いで消えてくれたらいいんだが、目の前で増えていくだろう魔獣を放っておけず弓矢や投石による攻撃を実施した。で、それに怒った魔獣が砦に向かって大行進。その日から地獄の防衛戦が始まったのだ。
毎日毎日、肩が上がらなくなるまで石を投げ続け、突破して砦の中に入ってきた魔獣は黒木刀で撲殺し、休憩時間は泥のように眠る。
ベースの防衛局がこんな状態では探索任務もままならず、目に見えて魔女殿の機嫌が悪くなっていったのが怖かったな。
最終的にコンディションが復活した魔女殿が魔法を行使して、魔獣を一掃するまでこのデスマーチは続いた。そして、この前代未聞の大損害を引き起こした張本人として査問会に引っ張られたというのが顛末だ。
「聞いているのか、乙14142号! 貴様ッ、自分の立場が、そして自分が何をしたのか分かっているのかっ!!」
「はッ、あの時、カズラ三体に砦に取り付かれていれば、更なる被害が出ていたはずです。あの場で仕留めるのが最適であったと愚考します」
「たかが一等兵の推測を聞いているのではない、貴様の行った過ちを認めよと言っているのだ!」
さっきからなんだろう。とにかく俺が誤った判断をしたのだと認めさせたいようだが……この査問会の目的はなんだ? 一兵卒が戦況に与える影響は限定的で、認めようが認めまいが、大局への影響は少ないはずだ。ただ、そうか……戦端を開いた俺により多くの被害責任をかぶそうとしているのか?
なるほど、とうに俺は防衛局での居場所を失っていたらしい。結末が変わらないなら不条理な話を認める必要はないな。
「自分は最善を尽くしました。そこに誤りはなかったと考えます」
「貴様にそのような答えは求めておらん!!」
突如として殴りかかって来た局長の拳を、体を逸らして避ける。ついでに素早く足を刈ってやると、一回転して転んだ。それがあまりに綺麗だったので、誰かが感嘆の息を漏らしたほどだ。
一方、転倒した局長は憤懣やるせない表情で再び殴りかかって来たが、現場方と事務方の身体能力差は歴然だ。当たってやる義理もないし、拳を避け続ける。
「こっの、避けるな、乙14142号!」
「お断りします」
「おいっ、誰かコイツを押さえろ、この馬鹿に防衛局の長が誰かを教えてやる!」
ついにはなりふり構わず俺を殴ろうとする局長に対し、見苦しく思ったのか後ろの魔女殿が口を開いた。
「いつまでこのような茶番を続けるのかね? 私も暇ではないのだが」
「クラウディア殿、貴女の監督責任でもあるのですよ! 一兵卒をどれだけ増長させるおつもりか!?」
「乙14142号をこのように育てたのは防衛局であろう? 責任転嫁も甚だしい。そして私の魔法が無ければ更に被害が拡大していたことをお忘れか? 自衛も出来ぬ防衛局に存在意義はない。本件における局長殿の管理責任は重いぞ、一兵卒に被せきれるものではない」
図星を刺されたのか、局長の顔色は赤くなったり、青くなったりと大忙しだ。普段偉そうにしている人ほど化けの皮が外れた時ほど滑稽さが際立つなぁ。なんて思っていると魔女殿に睨まれた。俺、間違ったことしてないですよね?
「な、何を仰りたいので」
「ああ、誤解するでない。私としても貴殿の協力がなくなると困るのでな、建設的な話をしようではないか。此処にいる乙14142号と共にクロモリへ赴き、銀色の草花、若しくは黄金の果実を取ってこよう。なにせ国家予算並みに価値あるモノだ。それを献上すれば今回の損害を補って有り余るだろう」
「それは……願ってもない申し出ですが可能なので? ここ数年、何度も探索隊が挑み、成し遂げられなかった難事なのですぞ」
「なんのために私が此処に来たのかお忘れですか? 件の枝でなければ、深部に立ち入る必要もないようですので、丁度よい演習になります。では、準備もありますので私はこれで失礼させて頂く。乙14142号も連れて行くのでね、これにて閉会でよろしいか?」
局長殿は困ったように部隊長連中の方へ視線を向けたが、誰からも反対の意見がでなかったことで、しぶしぶながら頷いた。
---
局長室を出た途端、魔女殿に頭を小突かれた。
「まったく、ヒヤヒヤさせおって。あの時、私が間に入らなければ、お主、局長殿を撲殺していたな?」
「いやいやいや……俺がそんなとんでもない人間に見えますか!?」
「どうだか。段々と魔獣を殺すときの雰囲気を纏っていったように感じたよ。事実、随分と怒っていただろう?」
それはまぁ、査問会とは名ばかりの結論ありきの弾劾裁判に呼ばれて殴られそうになれば、いい気分にはならない。ちょっと殺気が漏れても仕方ないとは思うんだ……部屋に置いてきたはずの黒木刀がいつの間にか腰にあったのは驚いたが。
「全く油断ならぬ男よな。まぁ、局長殿にはいつぞやの借りを返せて済々したから、これ以上問わんことにするが……しかし、あの手の人間はしつこくて面倒だ。寝首を搔かれては敵わんからな、我らに利用価値があると理解させておかねばならん」
「だからこその銀色の草花の採取ですか……しかし、本当によろしいので。探索任務に期限が切られている中、支障になりませんか?」
「なに、先ほど言った通り、元から最初の一か月は演習を行う予定であったから、お主が面倒に巻き込まれる方がよほど支障になる。頼りにしているのだからな、もっと魔女の従者としての自覚を持て」
おおぅ……仕事の上とは云え、頼られるのっていいもんだな。
どれだけ頑張って戦っても、死神とか狂戦士とか煙たがられていたから凄く新鮮だ。これはもう、任務が終わったら転職でよいのでは? 上官殿に相談してみるか。
局長室に呼び出された時とは違い、晴れやかな気分で俺は魔女殿の後に続いた。