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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第一章 クロモリ
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16話 告解


 昼間に寝たせいか、夜中の変な時間に目が覚めた。


 瞼を閉じて眠りを待っても中々に意識が落ちない。精神は眠りを欲しているのに、体がそれを拒否しているような……いや、精神が眠ることに逆らっている?


 なんだこの胸騒ぎというか小骨が喉に引っかかった時のような嫌な感覚は。こんな状態で寝なおすのは難しいな、気分転換に夜の散歩をしてみるか。


 俺は起き上がると、寝床の横に立てかけてある黒木刀を腰に差して部屋を出た。そして、最低限の光源が灯してある砦の回廊を独り歩く。


 夜風に当たれば多少落ち着くかもしれない。そう思い、砦の外縁部――防壁の上を目指した。



 外に出ると真夜中ではあるが、松明のおかげでそれなりに明るい。


 砦の上には魔獣の襲撃に気付けるよう大きな松明が等間隔で灯されており、防衛隊の夜勤班が火を絶やさぬよう薪をくべている。


 クロモリで伐採した木々の再利用だ。普通の薪より明るく、長く燃えるので、明かりの保持にはそれほど手間がかからないと聞くが、夜の見張りは大変だなと思う。


 燃え上がる炎と、周囲に飛んでいる火の粉を目で追っていると……なんとその先には魔女殿が居た。独りでクロモリの方を見つめて立っていたが、俺の視線に気づいたようで軽く手を上げる。


 流石に無視することは出来ず、近くに寄って行って敬礼した。



「なんだ、敬礼はいらんと言っただろうが」

「すみません。癖でして、なかなか習慣が抜けず」

「謝らなくてもいいさ。それより、こんな時間にどうしたのだ?」

「眠れなくて……散歩をしていました」

「そうか……私も同じようなものだ。力が弱まる日は不安で眠れないことがある。寝ているマリーを起こすのは忍びなくてな、こうして独り夜風に当たっていた」



 驚いた。初めて会ってからこの方、いつも毅然とした態度の魔女殿が弱みを見せるなんて……夢を見ているんじゃないだろうか。


 後ろで組んだ手の甲を抓るとちゃんと痛い。夢の中ではなさそうだ。


 黙っていると、居心地を悪く感じたのか魔女殿が退屈しのぎに何かを話せと言ってくる。


 自分も独りなら黙って夜風に当たるだけだったが、隣に誰かいる状態で黙り続けるのは居心地が悪い。そういえば、前から気になっていたことがあったっけ。



「自分の略式名称ですが、なぜルートとしたのですか?」

「お主の認識番号が√2だったからだ、単なる語呂合わせだよ。しかしアレよな、ルートだけでは事足りぬ……ルート・トワイスとでも名乗るか?」

「そうですか、予想はしていましたが……上官殿と違い自分は名前にこだわりはありませんし、そう名乗るのに抵抗はありませんが」

「なんだ、からかいがいのないヤツよな。夜は長いのだ、他に何かないか?」

「自分は世間話が苦手でして、他に何かを話せと言われても……あ、」

「なんだ、遠慮はいらぬ。疾く話せ」



 ――しまったなぁ。でも他に話題を思いつかないし……しょうがないか。



「えーとですね、今日の昼に補給部隊の元上官殿から苦言を頂きまして、その……先日の大爆発の件についてなのですが。貴様が魔女殿を何とか諫めろみたいなこと言われまして、次はないみたいな感じで」

「あ……うむ」



 案の定、バツの悪い顔になってしまった。


 こんな時ほど自分の社交性の無さを呪ったことはない。しかし社交性なんてどうやって身に着けるんだろう。その辺、ぶっきらぼうだけどすでにマルローネ殿と昔からの同僚のように話せている上官殿が眩しくてしようがない。



「あのときは……正直、すまなかったと思っている。私を魔女たらしめる力が、全く通じないなんて初めてだったのだ。つい、ムキになってしまって気づけば全力を出していた、許せ。しかし本当に何なんだろな、その木刀は」

「は、自分でもコレについては本当によくわかりませんし、偶に不安になることはあります。爆発については……前向きに善処して頂ければと」

「わかったわかった、あんなことは二度としない。その黒い木刀に誓わせてもらうよ」



 そう言って笑う魔女殿は年相応の少女に見えた。


 思いがけず苦言をぶちこんでしまったが、不味い方向にならなくてよかったと内心胸を撫で下ろす。


 ――そういえば、このヒトの本当の年齢はいくつなんだろう? 虹色の枝は不老をもたらすと聞くから、その光を浴びて魔人への変質を抑えている彼女は見た目通りの年齢ではないのだろうが……流石にそれを聞いたら戦争になることは、ニブちんの俺でも分かる。


 さて、そろそろ自分の部屋に帰ろうかなと思っていたら、魔女殿に引き留められた。



「フム、お主だけに喋らせるのは不公平だな。よし、興が乗った。どうせ恥を晒したのだ、ついでに他の恥も晒そうではないか」

「それって、漏らしたら消される情報じゃないですよね?」

「安心しろ、極めて個人的な話だ。黙って心の裡に秘めているのは疲れたのでな、悪いが犬に噛まれたと思って聞いてくれ」



 どうやら、まだ夜は終わりそうにないようだ。



「先日話した、虹色の枝を砕いた魔女の話、覚えているか?」

「それは……ええ、まぁ。出来れば忘れたく思いますが」



 国家予算に匹敵する価値を持つ虹色の枝を自分の為に砕き、それによって変質に苦しむ魔女を追い詰めるとか……正直なところ全く理解できない。防衛局で役に立たないモノは淘汰されることをずっと見てきた俺達にとって、かの魔女は異星人に等しい。



「その意見には同意しかないが、防衛局以外の世界を知る私は少しだけ違う。あの時はアーパーメンヘラ女となじったが、わずかながら嘘があった。それまで私は魔女としての務めを果たすのが精いっぱいで、個人に――それも異性に執着するなんて想像もしたことがなかった。正直、衝撃だったよ。そして、ほんの少しだけだが羨ましいと思った……執着できるモノを見つけたあの女を、女であり、そのサガを謳歌するあやつを」



 なにせ、この力を得てからずっと孤高でいるしかなかったからなと、魔女殿は独りごちる。



「無論、強大な力を持つ者としての責任を放棄したこと、個人的な欲求を優先したことは決して許されん。しかし、しかしだ……すべてを承知の上で、好いた男のために命を賭けたというのなら、それはもう……」



 続く言葉はない。それは、魔女を務めてきた彼女が声にすることは許されない言葉なのだろう。



「……喋りすぎたな。今日の事は忘れてくれると有難い。さぁ、もういい時間だ、明日も早いしもう休め。私も部屋に戻る」



 すっかり萎れてしまった魔女殿に何か言葉をと思うが、何も浮かばない。本当に自分の頭の足りなさには辟易する。この場は黙って帰るしかないか――いや、今この時こそ自分の殻を破る場面だろう。いえ、言うんだ! なんだっていい、この寂しげな表情をした女を独りで帰すなんて男が廃る!



「俺は……貴女の責務に一生懸命な姿が眩しくてしょうがないですよ。魔獣を楽しんで狩っている俺は、所詮、防衛局にとって都合のいい殺戮人形でしかない。そこに大義や目的はなく……ただ、自分が生きる為だけに魔獣を殺す、そこに生きる意味は本当にあるのかって自分を見失いそうになる……だけど、貴女はそんな俺とは違う。仲間の為に虹色の枝を求め、必死に頭を使い、部下の面倒も見て、任務を成し遂げようとしている。その力は何処から来るのか……自分勝手に生きて来た俺には理解出来ませんが、とても羨ましく思います」

「……ルート、悪いが、君が何を意図してこの話をしたのか分かりかねる。いや、もしかして私を慰めようとしてくれているのか?」

「いえ……そんな上等なモノじゃないです。ただ、もし、いえ――と、とにかく貴女は大した人で、そんな貴女と任務を共にできる俺は幸せ者だと、ただそれが言いたかっただけです!」

「!?」



 何を言っているのだろうか俺は、支離滅裂で自分で何を言っているのかも分からない。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


 慌てて魔女殿に頭を下げてこの場から退散しようとしたころ……周囲が騒がしくなった。


 魔獣でも出てきたのだろうか? そう思って砦の外、クロモリの方を見ると、何やら巨大な物体が蠢いていた。


 あれは、まさか……アイツが外縁部に出てくるなんて何年ぶりだろう。今年はどうやら例外が多いらしい。



「なんだアレは……もしや、あれがカズラ……本当に生物なのか? 資料の通りではあるが……あ、あり得ん、あんなものが生物であって堪るものか!」



 そういう魔女殿の声は震えていた。


 アレを直接見るのは刺激が強すぎるのだろう。俺も初めて見たときは気持ち悪くて吐いたし、小便も少しちびった。それに比べると震えるだけで済んでいる魔女殿はマシな方だ。


 なにせ、本体は極彩色のウツボカズラであるとか、気色悪い形をした触手がうねうねと数十本うごめいているとか、悪夢の方がまだマシな造形をしているのだ。あと、トンビとまではいかないが普通にデカくて外壁の半分くらいの高さがある。

 

 そんな化け物がなんと三体もいる。


 あいつらのバカげた生命力を俺は知っている。弓矢だけでは押し戻せない、砦に取り付かれたら多大な犠牲が出るだろう。


 幼いころ、あんな化け物と戦えなんて無理だと思った。アレと戦うくらいなら死んだマシだと本気で思った。だけど今は戦える力がある。仲間を犠牲にしなくて済む……力なく震える女を守る力が今は備わっている。


 俺達のボスを怖がらせやがって……今宵の黒木刀は、魔獣の血に飢えているぞ――!!



「クラウディア殿、出撃の許可を。自分であれば確実にアレを殺せるし、犠牲は最小限で済む」

「馬鹿な、あの化け物に一人で挑むつもりか!?」

「馬鹿なも何も、読んで頂いた報告書の通りですよ。貴女に代わって、あの化け物共に目にもの見せてやりましょう」



 俺がおどけたように言うと、少しは魔女殿も落ち着いたようだ。少しの間、目を閉じて、次に目を開いたときにはすでに指揮官としての覇気を取り戻していた。



「そうか。そうだったな、すまん……よかろう征くがよい、出撃を許可する。だが必ず生きて戻れ、よいな!」

「承知しました。乙14142号改め、ルート・トワイス……魔女クラウディアに代わり、魔獣カズラを征伐する」



 俺だけの名を得て、仲間に頼られる。


 そんなシチュエーションのおかげか、なんだか妙に高揚した気分に導かれるまま、俺は砦から飛び出した。


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