15話 検証報告
「ご苦労だった。お主の報告書、読ませてもらったよ。外縁部から10kmまではルートAで確定だな」
「そうですね、それがいいと思います」
「開発部隊が持たせた隠密スーツはどうだった、使い物になりそうか?」
「魔獣の体液を染み込ませたアレですか……単独で探索したのが今回初めてでしたので効果はなんとも。次があれば普通の時との遭遇率とを比較してみます。ちなみに凄く生臭いです、食欲をなくすくらい」
「没だな」
「………………」
「魔獣のカズラとトンビに遭遇したとあるが、我ら四人で遭遇した場合、逃げ切れそうか? 私の魔法を使えば撃破は難かしくないだろうが、色々な意味で消耗させられそうだ。出来るだけ戦闘は避けたい」
「戦闘距離まで接近していた場合、どちらも難しいかと。カズラは触手が厄介で、結構な距離まで伸びてきましたし、伸ばす速度がとにかく早い。トンビはその巨体ゆえに足は遅いのですが、居ると認識したら次の瞬間、倒れこんできます。あの伸び上がる速度は本当に反則ですよ。どちらも自分だけだったので逃げ切れましたが、その先に他の魔獣――例えばダミンが居たら自分は此処には戻れなかったでしょう。他の魔獣と戦いながら逃げるのは不可能に近いと思います」
「つまり、距離があるならともかく、接近されたら戦闘は避けられないということか、厄介だな…………それと、気になる点が一つ。大型魔獣については、どちらも斬り倒したように報告書からは読み取れるのだが?」
「試したらヤれました。逃げ切れない場合を想定して交戦しておいた方がよいかと思いまして」
「木刀で? どうやって? ……そういえば、この前も途中からアギトを真っ二つにしていたな」
「言葉にするのは難しいのですが、コウ殿にも聞かれたので考えてみました。ヤツらの骨格にそって角度は正確に90°というのがコツですね。あと、速度が重要です。ヤツらも動いているので相対速度がちょっとでも下回ると角度がずれて途端に切れなくなります。その二つさえ何とかなれば、さほど力を入れなくても真っ二つですよ。武器が鋭いかどうかはあんまり関係ないですかねぇ、ほら、最初に接するのは点なわけですからデコボコしてなくて引く速度さえ十分なら、その辺に転がっている木枝でも斬れます。ちょっと凹凸を綺麗にしてやる必要はありますが」
「……黒い木刀だけじゃなく、扱う本人も十分に化け物だったか……知り合いに剣豪と宣っているヤツがいるが、今の話を聞かせてやりたいよ。試合をしろと言ったら逃げるだろうな」
「いやぁ、自分の技は魔獣を殺すためにあるのでヒト相手とか勘弁です。自分の方から辞退を申し出ますよ」
「…………ハァ、報告ご苦労、下がっていいぞ。今日まで休みが無かったからな、残りの時間はゆっくり休むといい」
「了解しました、失礼します」
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魔女殿へ単独探索の報告を終えた俺は、食堂に向かっていた。
時刻は10時を過ぎたくらいで昼食には早いが、部隊によって勤務時間がバラバラなので、深夜を除いて食堂は営業している。
先ほど魔女殿に言われた通り、ずっと休みなく動いていたので疲労はピークに差し掛かっており、今日はもう食事を摂ったら寝てしまおうと考えている。寝るだけとか休日の過ごし方としては不健全かもしれないが、とにかく眠いのだ。
探索記録を検証している上官殿やマルローネ殿の手伝いをとも思ったけど、最近は両方に邪魔な目で見られるし、無理してまで手伝う必要なないだろう。
いつもの定食を注文して、いつもの席に座り、無心で食事を摂っていると対面に誰かが座った。
珍しいなと思って顔を上げると……元女上司だった。えらく不機嫌な顔で俺を睨んでいる。
「随分とご活躍のようだな。我らは魔女の後始末で不眠不休だというのに、昼前に食事とはいい身分だ」
よく見ると前回会った時よりやつれているし、化粧もしていない。砦の復旧作業で補給部隊もてんやわんやしているんだろう。
「文句は魔女殿へどうぞ。アレについて自分は何も関わっておりませんので」
「嘘を吐くな! あのキノコ雲はお前の所為だと上の方では持ちきりだ、どんなアホなことをすれば、ああなるんだ!?」
「いやいや、自分の所為ではなくて本当に魔女殿の暴走ですよ。この黒木刀が魔法を打ち消すってムキになって、最大出力を出すから」
「それか! やっぱりお前が関わっているんじゃないか、魔女の魔法を無効化だと? 昔からおかしいとは思っていたが、一体どうなっているんだ!?」
「もう一回調べてみますか? 前は何にもわからないというのが結論だったようですが……」
「冗談じゃない、それ、調べてたヤツが全員不審な死を遂げたヤバいブツだろうがッ、誰が関わるか!」
えぇ、何それ、初めて聞いたぞ。いよいよ呪物じみてきたな……。
腰に差している黒木刀は、この数日魔獣の血を直接吸い続けたためか、黒を通り越して光を吸収しているのかとも思うほど真っ黒になっている。ただ、黒いだけで握った感触は普通の木刀だし、一時は重かったけど今は普通の重量に戻っている。俺の認識はどこまでも木刀からは逸脱していなかったが、そんな話を聞いたら持っているのが怖くなってきた。でも、別の場所に置いてもいつの間にか戻ってくるんだよな、コレ。
「それはもういいっ! とにかく言いたいのは貴様があの魔女をなんとかしろという事だ。出来なければ、任務が終わった後、防衛局に居場所はない! 分かったか!?」
それだけ言うと、元上官殿は席を立って足早に去っていった。
魔女殿を何とかしろって……あの頭もいい人間兵器を、どうやって? 無茶苦茶いうよなぁ…………………………よし、飯を食ったら寝よう!
とりあえずふて寝することにした。