11話 黒木刀
魔女殿は己が魔法を無効化?する黒木刀に興味深々といった感じで、いくつも質問をぶつけてきたが、前に開発部隊が色々と調査した報告書があることを伝えた途端、マルローネ殿を伴って砦の中に走り去ってしまった。
俺のつたない説明よりも、整った報告書を読んだ方がいいと判断したらしい。前に俺も読んだことはあるけど結論は「何もわからない」だったことは覚えており、後でやっぱり質問攻めにされないかと思うと憂鬱な気分になる。
「さァて、オレらも帰るか……腹も減ったし、ちょっとの仮眠しか取ってねぇのに実地訓練はキッツいわ。いつ姐さんの気まぐれで呼び出されるか分からねェし、オメェもしっかり休んどけよ」
「そうですね、休日も潰されましたし。今からでもゆっくり休みたいですよ」
突発的な対応が求められる防衛局に長く務めてきたとはいえ、徹夜明けの戦闘訓練は身体に堪える。この疲れを次の任務にまで持ち越さないように休むのが生き残るコツだ。死の恐怖を紛らわすために娯楽係に入り浸り、体力を使い果たした状態で戦場に出て死ぬという例をずっと見続けてきたから、あの界隈には絶対に近づかないようにしている。三大欲求のうち、俺は眠と食さえ満たせば何とか生きて行けるらしい。
「そろそろ上官殿も固形物を食べないと、本当に持ちませんよ。この任務は護衛より体力を使いそうですし、体調管理不足なんて魔女殿が許さないでしょう」
「そうだなァ。ちっとは生きる希望も見えてきたこったし、食ってみるかァ」
「お願いしますよ。俺は上官殿がいないと、いらない子みたいなんで」
「ハァ、だから少しは頭を使えっていつも言っているだろうが。その飛び回る元気を頭に回せってよ」
「いやぁ、考えるより見えるヤツ全部殺す方が楽じゃないですか」
「そんなンだから、死神だの狂戦士だの言われるってンだ。言っとくがお前ェだけだかンな、魔獣を木刀で一発とかよぅ。つーか、今日は斬ってやがったし、どうなってンだありゃ。過去イチびっくりしたわ」
「楽をしようと思って、ずっと試行錯誤してたんですよ。途中で止まるよりは通り抜けた方がいいかなって。でも、血で足元が濡れて滑りやすくなったり、臭くなったりで、やっぱり撲殺が一番ですね」
「……ホントに何なンだ、オメェは」
そんな益体もない話をしながら砦に戻る。そのあと俺達は飯を急いで食べ、泥のように眠った。
――その翌日。
応接室に集合した俺達の前で、魔女殿は猛っていた。
「何なのだアレは! やったことを何十枚も書き連ねてあるだけで、考察もなく、結論はまったく分からないだと!? とんだ時間の無駄であったわっ!」
やっぱりそうなったか。
とにかく丈夫だったんで火にかけたり、酸液に漬けたり、金床に何十回も打ち付けたりと、考え付く耐久試験をやったけど無傷。その頑丈さに目を付けて開発部隊が量産しようとしたんだけど、単に木刀を魔獣の血に漬けてもボロボロになるだけだったし、俺に新しい木刀を持たせても一回の戦闘で折れる顛末で、二度と同じものはできなかった。
そんなだから報告書にはやった結果しか載っておらず、この木刀は凄いですよという単なる認定書になっていた。到底、魔女殿が望む情報は載っていなかったのだろう。
「……今日はその木刀を的にして私の魔法を見せよう。お主たちはそれを見て私との連携を考える時間としてくれ」
「あの、クラウディア殿、それだと護衛ができませんし、ソイツは長く使っているので愛着もありまして」
「これは命令だッ! 武器は資材係から一等よいものを調達したまえ、文句を言ってきたら私の名を出してもいい」
ええぇー、何なんだろう、そのこだわり様は。自分の魔法を無効化されたのがよっぽど悔しいのか?
「諦めなさい。クラウディア様はああなると、周りのいうことを聞かなくなるから」
「イイじゃねェか、どんどん化け物じみてくソレよか普通の武器の方がずっとイイぜ。オレにゃあもうそれがノロイの武器にしか見えねェよ」
愛着があるといっても武器は消耗品扱いだ。代わりに最高品質の武器を用意すると言われたら文句は言えないし、他の上官二人も賛成している。しかたないか……。
そんなわけで準備を整えた後は、今日も砦の外へ出ての実地訓練だ。
試すにしても魔女殿の魔法は強大で防衛局の敷地内では被害が出るし、いつ魔獣に襲い掛かられても対処できるように気を抜かない訓練を兼ねるとのこと。この辺、頭に血が上っても妥当な判断ができるのは流石だなと思う。
できるなら耐えてくれよという想いを込めて黒木刀を地面に刺すと、巻き添えを食わないよう十分に距離を取る。
対する魔女殿は……なんか昨日見た掌大の火球を自分の周りに8つほど出して準備万端という感じだ。薄ら笑いを浮かべて、火の玉を自分の周りにぐりんぐりん旋回させている様はまさしく魔女だ。本当に護衛が必要か疑問を呈したくなる。
「貴方たち、地面に伏せておいた方がいいと思うわ。今日のクラウディア様は本気よ」
「どういうことだマリー。いや、何かヤバそうなのは分かるがよぅ」
「……あれこそはクラウディア様の『炎のドレス』。敵対した者は必ず灰にしてきた魔女の魔戦闘着よ!」
「いや、説明になってねェし……二つ名が嫌いってわりに、スゲェ厨二病なネーミングだな」
「コウは何も知らないから、そんな余裕ぶっていられるのよ」
……なんか、上官二人の距離感が凄く近い気がする。昨日の今日で愛称を呼び合う仲になるとか、苦労人同士、気が合ったのかな? とにかくマルローネ殿のいう通り地面に伏せると、魔女殿の魔法射撃が始まった。
ぐるぐると魔女殿の身の周りを旋回していた火の玉が、不意に一つ別れ黒木刀に向けて飛んでいく。
長い付き合いだったなぁと、少し哀愁を感じながら木刀へ着弾するのを見ていると、ポスンッという音を立てて火の球が消えた。
あっけに取られていると、魔女殿の周りから次から次へと火球が飛んでいき……いずれも間抜けな音を立てて消える。
「なんだそれはッ!? こんなことが……ええぃ、ならば火力を上げるぞ、これでどうだ!!」
魔女殿の放つ火球が一発放つ毎に、明るく、青く、そして大きくなっていく。明らかに威力が上がっていっている気がするが、黒木刀に着弾するや、いずれも間抜な音を立てて消えていく。
「オイオイ、なんかヤばくねェか? 結構、離れてんのに熱くなって来たんだが」
「まさか、そんな……魔女オクタヴィア様を追い詰めた火力を無力化するなんて、ルート君、アレは一体なんなのですか!?」
「いや、自分にもさっぱりでして……それより、クラウディア殿の様子の方が――上官殿の言う通り不味い気がします」
着弾地点の木刀の方ばかりを注視していたが、ふと魔女殿の方を見ると俯いて肩を震わせている。
諦めたのかと思いきや、その右手には黄金色の炎が煌めいていて……とんでもないエネルギーを内包しているのか、空気がビリビリと振動している。
「よ、よかろう、此処まで馬鹿にされたのは初めてだ……私の最大出力で、消しとべぇッ!!」
おぉう、完全に目的を見失っておられる。
放たれた火箭は、一昨日に見た魔獣の群れを焼き尽くしたモノに似ており――見間違いだと思うが、着弾の寸前、黒木刀がひょいと、それを避けた様に見えた。
目標を通り過ぎた火箭はクロモリの方へ飛んで行き……大爆発。一昨日にも見なかったキノコ雲が出現した。その爆風も凄いもので、棒立ちだった魔女殿があおられて飛んでく。
これは不味いと爆風が荒れ狂う中、俺は着地点に走り魔女殿を受け止め、地面に降ろす。そして爆風によって色々なモノが飛んできたが、それが魔女に当たるのを防ぐため前に出て盾となる。
「ルート! どういうつもりだっ、私の初お姫様抱っこを奪うなど……それも、ちょっとの間ですぐに地面に降ろすとか――おい、コラッ、私の話を聞いているのか!? こういうのはもっと情感を込めて――」
何やら魔女殿が叫んでいるが爆風が強くてあまりはっきりと聞こえない。
砂や小石、葉っぱや木の枝がバチバチと体にあたるのを耐えていると、ひと際大きな破片が飛んできて腰に差してあった新しい剣を打ち砕いた。
あーッ、新調した俺の剣が!? と思い、腰に目をやるとぎょっとした。
なんと黒木刀が此処が居場所とでも言うように壊れた剣に代わって腰ベルトに刺さっていたのだ。




