10話 寸評
訓練が無事に終わってから、上官殿、マルローネ殿が何か言いたそうなジトっとした視線を向けてきているが、言いたいことがあるのならこの後にして頂きたい。
今、俺達は、クロモリの外に移動し、先ほどの戦闘に関して魔女殿から寸評を貰っていた。
「マリーは流石に私の騎士よな。魔獣――アギトだったか? その醜悪な見た目に臆することなく、ばっさばっさと斬り殺す姿は恰好よかったぞ。久々に手ごたえのある相手に腕を振るえてよかったのではないか? 立ち回りも護衛されている側からすると実に安心できるものだった」
「は……恐縮です。しかし、資料で見るのと実際のものとでは大きな違いがありました。それに今日はアギト種しかおらず、昼間という恵まれた状況での訓練でした。探索に向けて更なる修練を積みたく思います」
「うん、まぁ、マリーには私の用事もこなして貰わなければならんからな、無理なく確実に任務をこなして欲しい。訓練計画は私が考えておこう」
この二人の問答は、まさに主と騎士といった感じだ。双方に深い信頼を感じさせる。まだ会って間もないから知らないが随分と長い間、苦楽を共にしてきたのではなかろうか。いずれも凛とした美女という感じで、これでマルローネ殿の鎧に魔獣の黒い血がべったりと付いていなければ、さぞかし絵になっていただろう。
「コウは……そうよな。もしこの任務が終わって気が向いたら私の下に来ないか? 思った以上に優秀だったよ。ルート君が討ち漏らした魔獣に的確なタイミングで矢を射かけていたし、ほぼ全て急所に当てるというのは並の腕前ではない。難しいと判断したものは遠慮なくマリーに任せていたし、実によい判断だった。後衛というより前線における指揮官向きだな、置いてきた私兵隊の小隊長に取り立てたくなったぞ」
「はは、ご冗談を……しかし、高く評価頂けたようで、ありがとうございます。本気でしたら考えさせてもらいますよ?」
防衛局における部隊長か、魔女の私兵隊の小隊長か……待遇が分からない今、判断できるものではないだろう。上官殿がどちらの道を選ぶかは分からないが、俺のような地雷の関係者にならないよう慎重に選んでもらいたいものだ。
しかし、やはり私兵隊が在るのか。なんで一緒に連れてこなかったんだろう?
例えばだ、クロモリに在るとされる銀色の草花や、金色の果実を求めて権力者が挑むということはそれなりの頻度であり、その時は決まって多くの私兵を率いていた。まぁ、最近はほぼ全滅という酷い結果に終わっていたから、大規模人数による遠征から、少数精鋭の隠密行動に切り替えたと考えるのが妥当か? それが正しいかどうかは今回の結果が示してくれるだろう。
「最後にルート君だが……」
あー、もう、寸評を貰う前から蔑むような魔女殿の視線が痛すぎる。
「護衛をついでと言い切ったのがよくわかったよ。とにかく魔獣を殺すのが速くて……結果的に守るということになっているだけだな。護衛対象を蔑ろにするなんて護衛としては失格なのだが、コウと連携することでギリギリ護衛の効果を生み出していると見た。しかし……お主、本当にヒトか? ヒトの皮を被った新手の魔獣と言われても信じてしまいたくなるぞ」
「は、はは、そんな大げさな。防衛局には自分以上に凄い教官達が、」
「いや、いねーから。教官達だって驚いてただろうが」
くっそ、余計なことを言う。魔女殿の酷評もそうだけど、上官殿とマルローネ殿の視線がすごく痛い。針の筵とはこのことか。
「縦横無尽に飛び回る身体能力といい、魔獣を一撃で撲殺する剛力といい、普通ではない。それになんだ、あの木刀で魔獣を真っ二つにする技は? あんなことができるヤツなんて少なくとも私の知り合いにはおらんぞ。その木刀が特別なのか?」
「あのですね、アレはついつい試してみたくなって、やったら出来たことでして説明は難しいです。コイツは……何と言ったらいいのかよくわかりません」
改めて手に持った黒木刀を見やる。
今日は直接血を吸ったせいか、更に黒くなった気がするが――鋭くなったとかの形状変化はない。壊れることを気にせずにブン回せる便利な武器という認識しかなく、あとは何があっても必ず手元に帰ってくるのがありがたい。持ってくるのを忘れてもいつの間にか近くにあるし……いつだったか探索隊の偉いさんに取り上げられて、その隊が全滅した数日後、枕元にあった時は凄く驚いたが……アレは誰の悪戯だったのか。
「え、何だそのホラー、オレは知らンぞ」
「それは……俗にいう、呪われた武器というものじゃないか? すまないが、我はその手の話が苦手で」
上官殿とマルローネ殿が、休めの姿勢のまま、俺の横から器用に離れていく。いや、呪いとかホラーとか、そんな非科学的な現象、あるわけがないだろうに。
これだから無駄に頭のいい人はと呆れていると、魔女殿が木刀を渡すような仕草をしてきたので素直に渡す。魔女殿は色々な方向から黒木刀を見た後、不意に掌に火球を生み出し、止める間もなく黒木刀に放った。
昨日の大爆発を予感して、咄嗟に身を伏せたが……予想した衝撃はなく、伝わってきたのはポフンッという、枕を地面に叩きつけたような音だった。
「喰われた、だと? ひと一人丸焦げにする熱量を込めたはずだぞ、何なんだこれは?」
超常現象の塊のアンタが言うことか! と、突っ込みを入れたのは俺だけではないと信じたい。




