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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第三章 アケノモリ
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エピローグ


 海は近海だと青色で、外洋に出ると紫色。


 クロモリ防衛局を出ていなければ、一生知り得ることがなかった知識だろう。


 そもそも海自体を見たことが無かったし、独特の匂いがあるってことも、潮風に晒されると肌も髪もべた付くということも……知り得ずに人生を終えていたに違いない。


 今も防衛局で戦っている局員達は、まさに一か月前の俺だ。


 世界はこんなにも広くて、不思議で、美しくて、命に満ち溢れているってのに……昨日の昼頃に涙を流しながらディアナ殿に別れの挨拶をしていたアケノモリ防衛局員も、俺の古巣であるクロモリ防衛局員も……何も知らずに、魔獣に殺され果てていく。


 それを考えると忸怩たる思いであるが……今の俺は戦闘バカだ。自分の事しか考えられず、戦場で好き勝手に暴れて遊ぶ、愚かなガキ。そんな俺では、魔獣の盾になる事は出来ても、根本から防衛局を変えるって上官殿の手助けは出来ない。それどころか、俺の変に強大になった戦闘力は、周囲との軋轢を生み、貴方の足手まといになる。


 だから俺は敢えて貴方の隣から外れた。外の世界を識る事で、己のみみっちい器を壊し、広げる為に。


 いつか、己に満足できるようになった時、絶対に会いに行く。その時は、貴方が自分につけたであろう名前を教えて欲しい。それが俺の生きがいの一つだ。


 先ずは目の前の事をしっかりと一歩ずつやっていく。


 だから、貴方も挫けずに己の道を歩んで欲しい。まあ、隣に愛するマルローネ殿が居るのだから、心配することは何も無いだろうが、な。




---




 ――なんて恰好はつけたものの、俺は既に挫けそうになっていた、船酔に。


 いやもう何なんだろうな、俺の三半規管は。魔獣を相手にどんだけ暴れても平気だというのに、船の揺れにはたった五分でもダメ。本気で船尾に専用席を作ってもらった方がいいのかもしれない。


 今までの船旅でどれだけお魚さんに餌を撒くことになったのやら……定期的に水を飲んでいるから脱水症状は出ていないが、逆流した胃液で確実に食道炎にはなっているだろう。



「うーん、ここまで酷いとわね。アタシ、アンタの事をヒトの形をした化け物だって思っていたケド、こんな弱点があったなんてねー」

「からかうのは止めておけ、本気で苦しそうだ。行きも酷かったが……酔い止めは自分で飲めるか? 駄目だったら口移しでも飲ませてやってもいい。もうあれだ、唾液を交換し合った仲なのだから遠慮する必要もないしな」

「ちょっと! 抜け駆けはナシって、リベリオンに血判を押したでしょうが! 全身から血を流して死ぬわよ!?」

「なにを言っているんだ、これは純然たる医療行為だよ。それは除外するとちゃんと条文に書いてある。ほら、もう一度確認するか?」

「……確かに。でもこれだったらアタシがやってもイイって事じゃない? アタシはまだなんだから、譲りなさいよ!」

「フフッ、ルート君のレポートにもあったな、機会を逃すなと。まったくその通りだと思うよ。吾輩がこのようなチャンスを譲るとでも?」

「アンタ、昔っから変わらないわね、ちゃっかりおいしいトコロを搔っ攫って行くその手管! でも今回はアタシも譲らないんだから!」



 船酔で頭がハッキリしないのと、ホバークラフトのプロペラ駆動音と船体が波を切る音が大きくて、魔女と魔神が何を言い合っているのか殆ど聞こえていない。この際、喧嘩するのはいいから、俺の体を二人掛かりでゆするのは止めて頂けないだろうか。


 そんな事を言っても、この二人は俺を揺するのを止めないだろうな……しょうがない、ちゃんとした場で聞きたかったが、喧嘩を止めて真剣に成らざるを得ない話をしようじゃないか。俺としても真剣にならないといけないから、その間は船酔を忘れるだろう、多分。



「ディアナ殿、ここは音が大きいので客室の上のデッキに行きましょう。聞きたいことがあります」

「ほぅ、なにかな? 吾輩のスリーサイズか、それとも薬指のサイズか……喜んで教えるが」

「いや、冗談ではなくて……俺の採用試験のことですよ、魔女の従者としての。何も聞かされていませんでしたが、この任務を通して俺という人間の見極めを行っていた事は推測できます。もしそうでなかったとしても、エレメントの貴女から見た俺がどう写ったのか、教えて頂きたい」



 ディアナ殿は少し驚いたような顔になったが、直ぐにいつもの余裕のある表情になり、船のデッキまで手を繋いで誘導してくれた。


 勿論、オフェリア殿もついて来る。『そりゃあ、アタシの旦那様の大事だもの。お嫁さんとしては知っておかないと』とは、彼女の談だが俺は一切認めていない。勝負に負けたってのに、どこまでも魔神はマイペースだ。


 それはさておき、ディアナ殿と共に設置してある座席に座った。因みにオフェリア殿は宙に浮いて寝転がっている。本当に自由だこの魔神。



「君の言う通り、今回の任務はルート君を魔女の従者として採用することについて問題ないか、それを見極める側面もあった。実力、人格、素行、他にも色々と判定基準はあるが……逆に聞こう。魔女の騎士や従者として最も重要な任務は何か、分かるかね?」

「……いざという時の処刑人あんぜんそうち、その任務を、私情を持ち込まずに出来ること、ですかね」

「フフ、その通りだよ。魔女は強大な力を持つ、それ故に責任は重大だ。実際にその目で見ただろう? 魔人から精霊となって暴走したオフェリアを。コイツの場合は阿保だからアケノモリの一部を更地にするだけで済んだが、あの力が防衛局で解き放たれていたら……砦は完全崩壊、中に居た人はもれなく死んでいただろうな」



 魔女が狂ったら速やかな死を与える、それが魔女の騎士、そして、従者であることの最低条件なのだ。



「例えば今は船の中で呑気に寝ているだろうサレナ。あれは能天気に見えて、その時になったら『仕方ないですねー』とかほざきながらも、躊躇なく吾輩を刺し殺す。だからこそ選んだ。そしてその条件を君が満たしているかというと――正直、君は優しすぎる」

「優しい? ……俺が、ですか?」

「アタシを殺さなかったのがその証拠よね。魔女と違って魔法を無制限に使えて、出力も上。そんな存在、権力者にとっては悪夢よ、絶対に生かしてはおかないわ。執行力があるなら、確実に殺しに来るでしょうね。そしてアンタにはその力がある。殺さない理由は無いのに、何度機会があってもアンタはアタシを殺さなかった」

「アホかっ! 俺達はヒトだ、知性のない魔獣じゃない! 普通に話も出来るし、そこからこうやって分かり合えることもできる。そんなヤツに武器を向けるなんて、それはもう人間の皮を被った化け物だ! そんな狂った化け物こそ俺は殺すっ、躊躇なくな!」



 そんな俺の宣言に、魔女と魔神は堪え切れない様子となり、本当に笑い出した。ひとしきり笑った後で、目に浮かべた涙をぬぐいながら困惑する俺に言う。



「だから吾輩は君に惚れたのだ」

「そんなアンタだから惚れたのよ」



 合否はもう言わなくていいよねと、両サイドから抱き着かれた。そして相手に自分の匂いを擦りつける猫のように、全身を使ってすり寄って来る。


 普段であれば黒木刀で殴っていただろうが、何故かその気にならず、彼女たちの好きにさせてやりたくて身を任せた。


 脳裏には怒るクラウディアとオクタヴィアが浮かんだが……勘弁して欲しい。魔女や魔神にも休息は必要だ。そして、魔女の島に着いたら、これまで以上に忙しくなるだろうから俺にとっても束の間の休息なのだ。




 上官殿、俺はこの魔女達と共に歩む。そして、いつか貴方に向き合えるような大人になったなら――だから今は、お互いに別の道を一生懸命歩こうじゃないですか。





- 第三章アケノモリ 完 -



今回も長らくお付き合い頂き、ありがとうございました。これで三章は完結となり、魔獣の森に関する第一部も完となります。

いいね! で応援いただいた方、評価頂いた方、ありがとうございました。

よろしければ引き続き評価、感想をお待ちしております。


すこし充電期間を頂きます。続きを書くか、別の物語を書くかは考え中です。

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