終話 似非看護
なんだか妙な夢を見ていた気がする。
ドラゴンに頻りと苦言を呈されて、アケノモリには出禁宣言される夢を。
立ち入ってきたら蠕動運動で追い出す、あと、番の手綱はしっかりとらんかい……とも言われたような気がする。
確かに虹流星で大きく森を削ったから出禁にされるのは分かる。しかし、アレが番ってのは大きな勘違いだ。でもって、あんな奔放な魔神に手綱なんか掛けられるか!
お前たちドラゴンが魔獣の森の拡大を自分の意思でコントロールできないように、アレはヒトの手に余る。そんな無茶難題を吹っ掛けるようなら、魔神をけしかけるかんな? いくら再生するとは言っても痛いことに変わりはないし、他のドラゴンとの競争に後れをとるってのは知ってんだぞ?
俺がそう言うと、ドラゴンは勘弁してくれって雰囲気を出した。そして、もうとにかくアケノモリに関わるなとだけ伝えて、彼(彼女?)は夢から去って行った。
ドラゴンと交渉できるなら、これ以上は森を広げないでくれだの、魔獣を森から出さないでくれだの、言いたいことは沢山あるのだが……ニエモリのような小規模なヤツだったらともかく、直径50kmの森を持つドラゴンが本気を出せばどうなるか。それを考えると迂闊なことはできない。
現状維持するしかない自分が歯がゆいが、ヒトが監査官に対抗できる力をつけるまで――次世代へバトンを繋ぐ為に一生懸命生きる事が、俺達にできる唯一のことなのだと思っている。
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目を開けると、女性二人が俺の顔を覗き込んでいた。
心臓が止まるかと思うほど驚いたが、驚き過ぎて身動きどころか悲鳴さえも上げられない。今まで経験したことがなかったが、金縛りとはこんな状態を言うのだろうか。
左右に在る二対のギョロリとした目は、俺の全てを覗き込んでくるかのような錯覚を……よく見れば、エレメントの二人だった。
「なにをやっているんですか……ディアナ殿、オフェリア殿」
「いや、なに……君がずっと起きないから、こうして見守っていたのだ」
「お医者様は命に別状はないと言っていたケド、頭のいろんな穴から血が出してたから心配したわ。美女二人の看病とか、感謝しなさいよね」
二人が身を引いてくれたので、体を起こす。
ここは病室……いや、与えられた自室か。窓から差し込む光の加減から察するに、俺が倒れてからさほど時間は経っていない気がする。一時間程度は眠っていたのだろうか? しかし、疲れが取れたという感じはない。なんだか気を失う前よりも体が随分とだるい……それに何で裸なんだ? シーツは掛けてあったが、朝立ちしていたら、からかわれただろうな。
「大丈夫かね? 丸一日、寝ていたんだ。無理はしない方がいい」
「いや、アンタって死んだように眠るのね。寝息が聞こえなくて、死んでないか何度も確かめちゃったわよ」
なっ、丸一日! じゃあ、あれは次の日の太陽って事か……そりゃあ、だるいのも当たり前だな。腹もやたら減っているし……ん?
「何か違和感があると思ったら、お二人とも仲直りしたので?」
「んーと、そうね。共同戦線と言うべきか、何と言うか……」
「強大な敵を前に休戦したというのが正しいかな。安心したまえ、君が命を張ってオフェリアを諫めてくれたおかげで、もう敵意はないよ。魔女の島へ帰る事にも同意した。そして、防衛局への説明も済ませてある。少し高い代償を支払う事になったが……」
「どうせアタシに使うはずだった、虹色の欠片でしょ? 有効に使えたと思いなさいな」
そこから少し説明を受けたが、オフェリア殿がドラゴンの精神攻撃を受けて錯乱したのをディアナ殿と俺が戦って正気戻した……そんなストーリーでなんとか誤魔化したらしい。どう考えても穴だらけなのだが、そこは必殺の賄賂を使う事で強引に納得させたとのこと。
他にも取引があったようだが、『君は知らなくていい事さ。たまには怖い所を見せないと舐められるからね』『そうねー、あのザマは思い出しても笑っちゃうわ』と、ディアナ殿とオフェリア殿にアルカティックスマイルで凄まれたら引き下がるしかない。
誰が好んで虎の尻尾を踏むものか。血痕らしきモノが二人の手の甲に付いていたのは見なかったことにした。
「俺が寝ている間に全部片づけてくれたんですね。大変な時に、のうのうと寝ていて申し訳ありません」
「なに、エレメント本来の仕事をしただけだから君が謝ることは何もないよ。それどころか、命を救って貰って凄く感謝している。例えその原因が身内によるものだったとしてもね」
「ちょっと、やめてよね。そのコトは随分と謝ったじゃない。それにアタシはフリーになるつもりだから身内じゃなくなるし? 退職届をあのスカした顔に叩きつけてやるわよ、今日からアンタがエレメントの尻ぬぐいをしなさいってね! 六芒星だの偉そうにしている割には何にも働かないただの老害だもの。胃に穴が開けば、ちょっとは環境もマシになるんじゃない?」
そうか、よかった。本当に、寝ている間に何もかもが終わっていたのだ。
勿論、魔女の島へ帰った後ですることは沢山あるのだろうけれど、アケノモリでやる事はもう無いと言っていいだろう。俺がやった事と言えば、好き勝手暴れただけだが……それをちゃんと仕事にしてくれたディアナ殿には感謝だな。
「そういえば……サレナ殿は何処に? 先ほどから姿が見えませんが……って、何かの業務中ですかね? だったら俺も手伝わないと。寝てさぼっていた間の分、しっかりと働きますよ」
「真面目なのはいいが、今は休むのが仕事だよ。せっかくお邪魔虫を排除……吾輩たちしかいないのだ。君には随分と借りを作ってしまったからね、恩を返さなければ女が廃る。なに、全て任せるがいい、全身全霊で犯……介護してあげるから」
「寝てる間にも随分と堪能させてもらったけど、やっぱり意識がないとねー。起きてないと出来ないことはいっぱいあるし、破壊神に汚染されたアンタをまともな道に引き戻さないと。これからずっと一緒なんだから、アタシ色に染め直してあげるわ」
……なんか、このままでは凄く不味いことが起きる気がする。いつかの暴走したクラウディアとオクタヴィアのような邪悪な意思を感じるぞ! 少し気が引けるが、あの時と同じく黒木刀でどついて気絶させるのがいいかな?
なにやら凄く不満な波動を発している黒木刀を手元に引き寄せると、ヤバイ笑みを浮かべて迫って来る魔女と魔神に対して振り下ろした。




