断章-1「とある日の深夜」
深夜、博物館の順路を二つの足音が響く。
飾られた展示物には見向きもせず歩みを進めた先に、さらに数人の人影が立っている。
揃った者たちを見渡し、うち1人の影が口を開いた。
「今回皆に来てもらったのは他でもない。
例の石板が、この地でまた光り出してしまった。
近いうちにまた、『あれ』が起こると考えるべきだろう…あの時のようにな」
その影に重々しく告げられ、人影たちは息を呑む。
『あれ』。
その単純な言葉が呼び起こすのは、脳裏に焼きついた惨劇の光景。
血の海と非現実に彩られた、決して忘れられない無力感に満ちた記憶。
ーーもうあんな光景は見たくない。
影たちがこの街に潜む理由は、その一心からであった。
まとめ役と思しき影は、最後に合流した2人を見る。
「戦場でなにが起き、終わっていったのか。
そしてその中で、我々に何が出来るのか…
命あるものの中でそれを知るのは君たちだけだろう。」
「………」
「…ええ。自分たちが生きて帰れただけでも、奇跡のようなものでしたから」
1人は言葉を返すも、傍に立つもう1人の影は無言で自分の手に目をやり拳を握りしめる。
込められた思いは責任感か、はたまた後悔なのか。
その所作には底知れぬ程に強い決意と、それに相反するような葛藤が同時に滲んでいる。
惨劇の場に居合わせ、そして生き残った過去の苦い経験は声の主に深い傷を刻んでいるようだった。
そして、『成し遂げてしまったこと』も、またーー。
険しい顔をしたその影の肩に手が置かれる。
視線を向けると、そこには同じように神妙な面持ちをしつつも気遣いを感じさせる顔があった。
「あまり思い詰めるな。
言ったろ、今度は俺も一緒に背負う。
しっかり頼り合っていこうぜ」
「あぁ…悪いな」
「いいさ」
言葉を交わす2人を目を細めて見つめていた影が、改めてその口を開く。
「すまない…君たちに無理をさせてしまって。
我々のような例を除いて、一度目にした者以外が『あれ』の話を信じることなどそうそう出来はしないからな」
「いえ、あなたが耳を傾けてくれなければ、今頃はーー」
「私たちは精病院送りになっていたでしょうから。
むしろ感謝しています」
その言葉を聞いてゆっくりと頷くと、まとめ役は改めてその場にいる全員に向けて言葉を発する。
「では何か分かり次第こちらから連絡しよう。
皆、常に警戒を怠らないように。
頼んだぞ」
その言葉を最後に影たちは別れ歩き出す。
それぞれの役割を、果たす為に。