9. LICENSE TO KILL
広大な玉蜀黍畑に立ち尽くす俺たち。
風が吹き荒び、目の前で光が迸った次の瞬間、俺たちはまたあのモーテルの部屋にいた。
泊まっていた部屋の、テーブル席に。
向かいに座るブラック・オダメイ。俺の横にはクリシア。ライセンスはベッドに腰を下ろし、頭を抱えている。
時間もそれほど経っていないようだ。
発とうとした午前五時の冷気がまだ漂っている。
俺とクリシアはまばたきしながら不敵な笑みを浮かべるオダメイを見据えた。
「どう? ハイになった気分は」
とオダメイが訊く。しびれる唇に力を込め、俺は返した。
「これは……これまでのことは、あんたの……術、催眠術?」
「そう……そうね。あなたたちを眠らせ記憶を探る霊術。へんてこ魔法よ」
ライセンスがうなずきながら言う。
「目覚めて車から降りたら受付の婆さまがいた。勧められたミネラルウォーターを飲んだら、俺はまるで記憶が飛んで」
オダメイが説明する。
「あれは魔法のお水。……ライセンスさん。あなたは確かに金目当てではないことはわかったわ。でも一つ、隠していることがある」
「……それを言ってどうする」
「さあね。あなたが自分で言ったらいいじゃない」
俺は首を傾げ、クリシアと目を合わせた。
「何の話だいライセンス。隠していること?」
ライセンスはうつむき眉間に皺を寄せた。
「……ブリウスよ。みんなも。俺の過去を知ったろう? 俺にも……こんな俺にも守りたいものがある。守りたい人がいるんだ」
「……わかるよ。ライセンスあんたにも理由があった」
ライセンスはオダメイの方を向く。
「ブラック・オダメイ。……彼女は……ウェンディは本当に無事なんだな? サンダース・ファミリーはまだ彼女たち親子を見守っていると」
「ええ。水晶に見えるものは真実。サンダースは義を重んじる。……ウォルチタウアーはあなたを利用するためにあなたを脅しただけ」
「……わかった。ブリウス、言おう。……俺はウォルチタウアーに……」
そう言った後、ライセンスは突然立ち上がった。オダメイも、俺たちも身構える。
ライセンスは目を閉じ、やや前屈みに両掌をその耳にあてた。
意識をドアの方向に集中させるように。次にオダメイに囁く。
「……あんたも今気づいたな。このモーテルへの侵入者だ。俺たちの命を狙う輩が迫ってる」
「……ええ。そのようね。でもあたしは狙われる覚えはないけどな」
「俺と、ブリウスだ。……おそらく。俺の勘だが俺たち二人はどうやら用済みとなった」
軋む階段を駆け上がってくる足音が俺にも聞こえた。複数人いる。
オダメイが舌打ちして腰から銃を引き抜いた。
「チッ! 見張り四人ともやられちまったか!」
派手な装飾の銃を振りかざし、入り口に向かってゆく。ライセンスが手を伸ばした。
「オダメイ! 伏せろ!」
ライセンスが彼女の腕を掴み床に引き倒すと同時にドア向こうからショットガンが火を噴いた。
「ドゴォーーオオ・・!」
と、ドアノブと木片が吹っ飛び、硝煙に黒い影が揺らめいた。
テーブルを背にライセンスはオダメイを腕で覆い、俺とクリシアにベッドの下に伏せろと指示する。
侵入してくる三人組。ショットガンを構える大男、もう一人は拳銃もう一人は大きな鉈を持っている。
ショットガンの大男が、隠れたライセンスを見定め装填する。ライセンスはテーブルを盾に押し攻め、次に大男が立つ床板をめくり上げた。バリバリと長い床板一枚が蛇のように波打ち、大男の股間を叩きつける。その怯んだ瞬間ライセンスは宙に浮いた釘二本を掴み、投げ矢のように大男の両目を射った!
鉈を振り上げた男が俺の頭上に飛びかかっていた。俺は手当たり次第の枕を投げつけた。それをはじかれたところをオダメイが銃撃。鉈の男は床に倒れる。すると拳銃の男がオダメイの銃を弾き、血が吹き飛んだ。
「うぅっ!」
指を負傷した彼女に迫る拳銃男。しかしそれをライセンスが、奪ったショットガンでその腕を撃ち抜いた。
クリシアが叫ぶ。起き上がった鉈男がまたも俺を狙う。オダメイが声を張り上げた。
「ブリウス! 床の銃を!」
転がる彼女の銃を手にし、俺は咄嗟に振り下ろされた鉈を銃身で受け止めた。男はナイフも取り出して狂犬のように押し迫る……が、その足を、ライセンスが撃ち、止めた……。
ハァハァと、尻もちをつく俺は息を抑え、傍らで泣いて震えるクリシアを抱きしめた。
「大丈夫かクリシア、も、もう……やっつけたから」
ライセンスはオダメイを案じる。
「指は? 手当てを」
「かすり傷よ。心配しないで」
うなずくとライセンスは踏み出し、一人生き残った拳銃男に詰め寄った。ライセンスは言う。
「正当防衛だからな。悪く思うな」
「ひっ、ひぃーーっ!」
「誰の指図だ。言ってみろ」
「……あ、あんた、仲間から聞いたぞ……や、やっぱりな。俺たちがバカだった……あんたを殺ろうなんて……あまかった」
「質問に答えろ。誰が指示した。誰の命令だ」
「あんたは〝ライセンス・トゥ・キル〟」
「答えろ」
男はジャンパーの胸ぐらを掴まれそのまま宙吊りにされ、ついに白状した。
「う……ウォル……チ、タウアーさんだ」
* * *
ライセンスは三人の暗殺者を縄で縛った。
俺とクリシアはベッドに腰を下ろし、ライセンスは床に座って事の真相を語った。
「ウォルチタウアーに言われたんだ。『ブリウスと一緒に脱獄し、その動向を探れ。金の在り処がわかったら連絡しろ。済んだ暁にはおまえを自由にしてやる。俺に従わなければウェンディ・ダイスンがどうなるか……』と」
「……脱獄に関しては、やけに手際がいいと思ったよ」
「申し訳ない……。ただ、脱獄の計画はいつだって思い描いていた」
苦渋の表情でライセンスは頭を下げ続ける。
俺はクリシアの顔を見て、手を握った。
「ライセンス。仕方なかったんだろう? 何より、あんたはここで必死に俺たちを助けてくれた。ありがとう」
その傍らでオダメイもライセンスに礼を言い、ウォルチタウアーの行方を知ろうと水晶を覗き込んだ。
この襲撃は俺たちが『用済み』になったからだとライセンスは言った。
「何故か。それは金が見つかったからだ」
「……そう、なのか」
「おそらくな。どこかで発見されたんだ。トランクケースごと」
ライセンスは俺を見て、
「ブリウス。俺の背中に埋め込まれてる発信機をえぐり取ってくれ」
と言って床に転がるナイフを手に取った。