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6. ブラック・オダメイ

 泊まったモーテルの部屋で。

 ドアの向こう、受付の老婆と奇抜な衣装の女性がジロリと見ている。

 ライセンスの両肩からニュッと顔を出し、俺とクリシアのことを。

 次の瞬間青ざめた顔のライセンスは伐採した大木みたいに真っ直ぐドスンと床に倒れた。

 軋む床は地震のように揺れ続け、俺とクリシアも膝を着く。


「何なんだよこれ! おいライセンス、大丈夫か?」

「怖いわブリウス、揺れが止まんない! お、お婆さん、そんなに笑って、なんで平気なの?」

「ひゃーーっはっはっ! いよいよ効いてるねえ〜」

「ちょっとお婆さんこの揺れ、ほんとに地震? 怖くないの?」

「ギャハハ、この歳になるとねえ、いつだって自分が揺れてんのさ、ほれぷるぷる酒を飲む手がおさまらん」

 ウイスキーの小瓶とショットグラスを手に婆さんはゲラゲラ笑う。

「えー? わけわかんないわ!」

「夜中もはげしく揺れてたじゃないか、ギシガシギシガシ! ってね。お若いあんたらが羨ましいよ〜」

「ちょ、ちょっともう! お婆さん!」


 突如眩い光が俺たちを襲う。

 怖くて伏せ、ハッと目を開けた俺たちの周りは違う場面に移っていた。

 テーブルに座り、奇抜な女性と向かい合っている。

 ど、どういうことだ? お婆さんは突然いなくなった。


 サイケなバンダナのその女性はニタリと笑い次に表情を変え、俺を睨んだ。


「あ、あなたは?」

「あんた。ブリウスだね? ブリウス・プディング」

「え? どうして、それを」

「あんたの顔は忘れるはずないよ。あの時の新聞の記事とテレビで何度も見たんだ。あんたは運転手。腕のいい運転手だ。ジャック・パインドにとってのね。そうだろう?」


 俺は血の気が引く思いがした。そして直感する。

 まさか、この人もジャックが盗んだ金を? 狙ってる?


「……俺は、何も知らないんだ」

「まだ何も訊いてないよ。でも勘がいいねあんた。さすがだ」


 彼女の手元には大きな水晶が。それを両手で包むような仕草で見せつける。


「あたしはオダメイ。ブラック・オダメイ」


 彼女はそう名のって妖艶な眼差しで俺を見つめた。

 不意に赤面する俺を隣りのクリシアが肘で小突いた。

 ちょっと待て、別にそういうわけじゃ。けっこうおばさまだぜこの人……四十歳くらいかな。


 オダメイは言う。

「かわいいねあんた。実際会うとイイ男だって感じるよ。でもあんたにゃ興味ないんだ」

 俺は頭を掻きむしって訊き返した。

「……俺のことを知ってるみたいだけど、オダメイさん。何の用だい? 実は俺たち、急いでる」

「そのようだね。あたしの情報網はサンダース・ファミリー並みでね。世界中に見張り番(ウォッチメン)がいる。そう、受付のお婆婆もね。あんたが泊まってすぐに情報が入り、それからあたしは飛んできたわけさ」

「ウォッチメン? ……怖いな。じゃあ何のつもりで」

「もちろん金さ。ジャックが盗んだ二億ニーゼ。今でもウォルチタウアーが追っている。きっとトランクケースごとどっかに隠してあんだろ?」

「だからそれを知らないって言ってんだ。もし知ってたら……もう使ってるよ」

「……そう」


 俺をとことん怪しむ目。

 オダメイは立ち上がり、次に椅子に座っているライセンスの頭をペシペシ叩いて吹き出した。

 ライセンスは蝋人形のように固まっている。オダメイは俺を見て、クリシアも見て、また詰め寄って訊いてきた。


「じゃあ、ジャックに会わせなさい」


「は?」


「ジャックによ。彼はどこにいるの?」


「彼は死んだ。もちろんそのことこそ、知ってるだろ?」


「もちろん。彼は有名人だったからね。英雄だったし悪党だったし頼られたし妹思いだったしイケメンでもあった」


「三年も経った。ジャックが死んで。殺したのはウォルチタウアーだと俺は思ってる」


「そう……かもね。あたしも水晶であの時の現場検証をしたよ。警官になりすましてたウォルチタウアーの長身、歩き方や仕草、臭いコロンまで割り出した。あたしもそう思う。まず間違いないね」


 俺は舌打ちし、テーブルを叩きつけた。

 クリシアは立ち上がってオダメイに言った。


「オダメイさん。もう言わないで。わたしたちは兄のことは忘れたいの。忘れられないけど、でもそうしないと前へ進めないの!」

「まあー、かわいいお嬢さん。怒ると怖いけどー」

「バカにしないで! その口調」

「バカになんかしてないわ。会話はリズムよ。会話は楽しくなきゃ。何も広がらないじゃない。怒るとそんそん♪ 泣いてもそんそん♪ チェッチェッコリ♪」


 まるで踊り出すオダメイ。

 いったい何なんだ? ただ茶化してんのか?

 くるくる回って移動し、蝋人形になってるライセンスの眼前で指をピン弾いた。

 ライセンスは目を覚まし、今度は白塗り顔に丸い赤鼻をつけ、ピエロになってオダメイをエスコートする。

 ゴツい体格でしなやかにダンスする彼は異様だった。いや、この状況すべてが異様だ。奇怪だ。狂気だ。

 オダメイは振り向き、また言った。


「ジャックに会わせなさい」

「だから」

「じゃあ墓地へ案内して。教えて」

「何の執着ですか!」

 と俺はイライラして訊き返した。


「お金も欲しいんだけどさ。ジャックに会うのはあたし自身のためよ」

「……え?」

「彼なら、あたしという存在をわかってくれると感じてるの」

「あなた……という」

「あたしね。自分の出生がよくわからなくて。ちょっとだけそれを知りたいの」



挿絵(By みてみん)



 * * *



 舞台が変わる。

 俺たちが回転してるのか背景が展開してるのか、次に俺が目を開けた時、俺は少年の姿になっていた。

 クリシアはいない。ライセンスも、オダメイも。


 そこはイタリアの町の、古びた病院。

 ベッドに横たわる俺の母親シェリルは青白い顔で俺に笑いかける。


「強い者だけが生き残れるって歌にもあるけれど、わたしはそうは思わない。人間て弱いから生き延びてこれたのよ。たとえば大昔に人間全員怖いもの知らずでマンモスに立ち向かっていってたらみんな死んでた。怖いから逃げて生き延びたのよ。弱いから、無茶をしないから生き残れた。自分たちの弱さを知ってたから人類は影で肩を寄せ合って知恵を出して工夫して生きて、そして今の我々がいるんだわ」


 そう語る母は息も絶え絶えだったが、か細い声でも力が篭っていた。


「いつかわかるかもブリウス。大人になって自分の弱さを知った時、あなたは強くなれる」


 母は白血病だった。

「あなたはわたしの誇り」そう何度も言って俺を抱きしめて、逝った。


 母の従兄弟(いとこ)のルカ叔父さんが来てくれた。

 俺が施設送りを嫌がったため、叔父さんが俺の身元後見人になってくれた。

 ずっとグスグス泣いてる俺を、叔父さんは抱き上げた。

 デカい体は、そう、ライセンスと似た感じでプロレスラーのように隆々としていた。


「泣くな、とは俺は言わん。考えるんだ。泣きながら、どう生きるかそのことを必死で考えるんだ」

 そして俺を車の助手席に乗せ、ニッと笑ってキーを回した。


「景色を見ろブリウス。ずっと続いてる。だから俺たちはずっと走り続けるんだ」


 そこから俺と叔父さんとの旅が始まった。

 音楽をかけアイスを買って、ホテルに泊まってまた次の街へ遊びに行って。めちゃめちゃ楽しかった。

「なんでも早く覚えろ」と、車の運転まで教えてもらった。

 叔父さんの金髪リーゼントを真似たり、機械いじりや筋トレ、ビールもちょっとだけ味見した。

 叔父さんの『仕事』の関係でずっと連れられ、結果、イタリアからエルドランドへ移り住んだ。

「勉強なんかあとあと」言うから日に日に心配になるくらいで、「たまには算数教えて」と、叔父さんのシャツの裾を引っ張ったこともある。


 ブリンギングスでのプロ野球観戦、ロンドロンドでの恐竜フェス、セルフィス博物館の世界の海賊展、シュガーマウンテン絶景観光……あれこれ連れて行ってもらった。


 そしてある夜イーストリートのレストランで働くジャックに出会った。ウェイターとして働く彼の姿に一発でしびれた。

 ルカ叔父さんも、

「おまえのいい兄貴分だな」

 と言って俺の頭を撫で、ジャックと握手をした。

 その後もジャックが漁船FREEDOM号の甲板を一生懸命磨く背中にも惹かれた。

 生活も、自分の足でしっかり立ってて、とてもかっこよかったんだよ。

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