15.I’LL WAIT FOR YOU
「ライセンス。あんたの言った通りだったな。ウォルチタウアーの目的は金以外にもあった。エネルギー動力炉起動のためのカードキー」
「新たな資源で世界を牛耳るつもりでな」
「とんでもねえ輩だ」
「俺たちは振り回され、またここにいる」
デスプリンス刑務所。
十二月の厳しい寒さに気が引き締まる。
あの後、ウォルチタウアーは職権濫用、脅迫、マフィアとの癒着、殺人容疑などあらゆる罪状で逮捕された。
トミー・フェラーリも麻薬密売容疑と殺人で追われていて問答無用に捕まった。
俺とライセンスも厳重な処罰を受けたが、俺の刑期は情状酌量であと一年と半年で許された。
厳しい寒さの中、巷では大地震による被害の拡大がニュースになっていた。
津波による浸水、道路欠壊、ライフラインの寸断、連日増える死傷者数。
そんな状況下で一時、謎の義援金が話題となる。
イーストリート市に差出人不明で二億ニーゼ……。
* * *
クリスマス・イブにクリシアが面会に来てくれた。
元気そうだ。だいぶ気持ちが落ち着いてるようで、表情が明るい。
椅子に座り、透明のアクリル板越しに笑顔を見せてくれる。
「どう? ブリウス体調は」
「ああ。風邪も引かないよ。元気だ」
「ライセンスさんも?」
「うん。相変わらず、よく喋る」
「ふふ。あなたもだいぶ話すようになったじゃない。あの時の〝冒険〟。短かったけどあなたとたくさん話せて、本当はかなり楽しかったわ」
「はは。そうか。うん、俺も楽しかった」
「そうそう、わたしもマルコさんの店で、またお給料上げてもらった」
「やった! マルコさんも変わりなく? 子供たちも大きくなったろうな」
「ええ。レストランも手伝ってくれるし、楽しいわ。わたしの作るアップルパイも一番の人気メニューよ」
「うわ、食べてえー!」
「ということで、はい。差し入れ。あとで食べてね」
クリシアは俺の喜ぶ顔を見てうなずき、後ろの刑務官にその箱を渡した。
少し間を置いてクリシアは顔を近づける。目配せし小声で「聞いて」と言う。
「何だい?」
「お兄ちゃんの〝ギターケース〟どこにあったと思う?」
「え?! わ、わかんない」
「セブン号の後部座席の裏。修理工場であらためて出てきた」
「そ、そーなの? ……というか(あらためて)って、どういう意味?」
「……うん。実はお兄ちゃんから聞かされてたのよ。車の後ろに隠したって。でも不吉だから聞こえない、忘れよう、知らないって、努めてた。それからずっと放置してたの」
「……で、お金はどうしたの?」
クリシアは上目づかいで、
「寄付した」
やっぱりか。あのニュースの……二億ニーゼでピンときたんだ。
俺は褒める意味でうんうんうなずいた。
「うん。それでいいんだよ」
それからクリシアは姿勢を正して晴れやかな顔で言った。
「わたしずっと待ってるから」
「ありがとう。俺もきみのことだけ考えてる。早く一緒に暮らしたい」
「うん。あなたが好きよブリウス。本当に好き。わたしのこの気持ち、忘れないでね」
うるうると見つめるクリシアに顔を寄せ、俺は胸に手を当てて言った。
「わかった。きみが支えだ。俺もきみが大好きだ」
* * *
年が明けて、また雪が降り始める。
白くなってゆくグランドに俺は立っている。
少し離れたところで新しく入所した受刑者たちが清掃の指導を受けている。
あんな頃もあったと、俺はまた箒を握りしめ作業に取りかかると、すぐ肩先に深々と帽子を被った男が音も立てずに現れた。
「え?」
俺は絶叫しそうになる。
これは夢か!!
「ジャ、ジャック!!」
……しかしそれは幻。目の錯覚。
ぼんやり、よく目を凝らして見ると、その顔はあの、
「ブラック・オダメイ!」
あの霊媒師で冒険家、大怪盗、へんてこ魔法使いの彼女が囚人服姿で束ねた髪を帽子に隠し、男になりすましている。今、ここで。
オダメイは口に指を当て、声を上げてしまった俺をド突き、顔を寄せた。
「少し話せる? ブリウス」
俺はうなずき、掃除道具小屋の脇へそそくさと移動した。
「ブリウス、あれからあんたたちすぐにここに戻っちゃったからさ。やっと潜り込めたよ」
「あ……はは。オダメイさんもお元気そうで」
「変装と幻覚魔法でちょいちょいとね。でも短い時間だ」
「……さっき、あなたが一瞬ジャックに見えました……」
「あたしの心の中にいるからね。あんたと少しだけ話したかったんだよ」
そう。オダメイはあれからジャックの墓地へ行き、弔ったという。
墓は幸いまだ荒らされてる様子はなかったようだ。
オダメイはその場所を教えてくれてことに感謝してると言った。
猫のような大きな目を輝かせ、寒空に白い息を漂わす。
「墓石に顔を寄せ、ジャックと話したんだ」
「は……はぁ」
「ホントだよぉ。彼は棺桶の中からでもあたしを見つめて、言った。『そう、あなたは俺と同じ種族レプタイルズだ。同じ血があなたには四分の一、流れている』と。彼は、昔も今も理解されないあたしの異質も、生き物として何も違っちゃいないと言った。獣性は人間にもある、あなたは独りじゃない。俺がいるじゃないかってね。慰めてくれたんだ」
「そんなことを、ジャックが」
「そうよ。あたしは自分がずっとバケモノだと思ってたけど……ちょっと楽になった。いや、かなりね。不思議な感覚だよ。あの瞬間から、世界が違って見えた。孤児で孤独なあたしにジャックはいつも寄り添ってくれてる。今日、今この時も。リアルに会えてたら……あたしはこの身を捧げたね」
自分で自分の体を抱きしめてキュ〜ンと身をよじるオダメイ。
「……はは」
彼女は言う。
「ブリウス。……死んでから、人が死んでから数える命がある。その人が死んで、でもその瞬間からその人が心の中で生まれるんだ。死んでから気づくこと、教えられることがある。それから毎日毎日、その人と生きてゆく。一緒に生きて、徳を積んで行くんだよ」
「徳を……積む?」
「一緒に善いことをするのさ。ありがとうありがとうってね」
「……はい。わかりました」
「フフ。よろしい。……でも本当にまだジャックが生きてるんじゃないかってね。夢でよく話すんだ」
「それは俺だって……」
……まただ。またオダメイの顔がジャックに見える。時間も空間も歪む、奇妙な感覚だ。
「ブリウス。オレガソバニイルゾ……」
「え?」
「――俺が、いつもおまえのそばにいる」
「……ジャック」
瞬きしながら見つめ合うと、俺たちはすっと握手をし、肩を叩き合った。
「ジャック。呼んでくれてありがとう」
「俺がついてるから。おれにとって、おまえは特別だ」
「う、うん」
「自暴自棄になるな。いったん落ち着け。そして、俺を思い出せ」
「わかった」
「俺がついてる」
しばらく経って離れるとジャックの顔は消え、また派手なお顔のオダメイに戻っていた。
「……話したかったこと、伝えたかったことはそういうことさブリウス。ジャックがあんたにそれを伝えたかった。……じゃ、ここまでね。あたしゃ行くよ」
そう言ってブラック・オダメイは手を振り、風に吹く粉雪とともにあっという間に姿を消した。
俺は良き友を持った。
ジャックは熱く、俺の中で生きている。
思い出を糧に、はるか地平線を目指す。
砂塵と雷鳴を太陽が切り裂き、
明日への光条がどこまでも続いてゆく。
【END】
ここまで読んでいただきありがとうございました。次は〝もうひとつのエンディング〟。内容としては過去作ダグラス・ステイヤーの物語『ファーザー・オン』の〝SMOKED BLOOD /燻される血〟という回に少し手を加えたものです。




