13. THE WIND BEGAN TO HOWL 〜迫る二人の影
ガソリンスタンドを出て三十分、暗雲が立ちこめた。
助手席のクリシアが外をしきりに見る。
後ろからライセンスが言う。
「悶えるような風の音。不吉だ」
俺は五感を研ぎ澄ました。
風が吠え始めた。
地平線から迫り来る影。
車がまばらに行き交う中、爆走するオートバイ二台がすれ違った瞬間、そいつらはすぐさま向きを変え、俺たちのあとをついてきた。
両脇に並走する黒い二台。
左はフルフェイスヘルメットを被った青いレーシングスーツの男、右のもう一人は小柄で異様に顔の赤い、茶色いコートをなびかせる男。
左の男はショットガンを振りかざし、その長身を際立たせた。
俺はアクセルを踏み緩めて揺さぶりをかけるが二台ともびったりと張りついてくる。
左の男が真横から銃口を向けると同時に後部座席のライセンスも窓からショットガンを突き出した。
「クリシアさん深く伏せて! ブリウスもっと左に寄せろ!」
それに動揺した左の男は次に道路脇の消火栓に気づき、バランスを崩して転倒した。
しかし右側の男は唸り声をあげ、ついにはオートバイから飛び上がってセブン号のドアにびったり張りついた。俺は震えあがる。
「うわああああ! なんだよこのオッサン!」
窓越しに俺に吠えたてる中年の小男、真っ赤な顔で歯を剥き出してる。
尋常じゃない、まるで猛獣、いや怪物。隣りでクリシアも絶叫する。
「キャーッ! 怖い怖い怖い怖いーーっ!」
俺はアクセルべた踏みで振り落とそうとするが怪物はがなり声で窓を叩き、言った。
「ブリウスよ! キサマを捕獲する!」
後ろのライセンスがまたショットガンを窓に突き当て言った。
「ここは弁償する! よけろ!」
ズドォォォ・・! 路上に吹っ飛ぶ怪物。
茶色いコート姿がガードレールにぶち当たる。
割れたガラスの破片と硝煙まみれになり、俺は車を停めた。
「や……やったのか? あいつ、死んだ?」
ライセンスが怪物を凝視しながら応える。
「いや。降りようブリウス。確かめる」
クリシアには車に隠れているよう頭を撫で、俺たちは外へ。
ボロボロの茶色コートがざわつき、その怪物はむくりと起き上がった。
古びた商店街にざわめく人集りも恐怖に震え上がって逃げてゆく。
「信じられん。なんてやつだ」
ライセンスは目を見開く。俺も言葉が出ない。
怪物は赤い顔で撃たれたはずの胸元をさすり、首を傾げてこちらを見ている。
ライセンスが銃を構えると、あり得ないほどの跳躍で飛びかかってきた。
「ウガァーーッ! ライセンス! 〝ライセンス・トゥ・キル〟よ! この力で……この力があればキサマなど恐るるに足りん!」
首を絞められライセンスは訊いた。
「貴様何者だ?」
「俺はトミー・〝バーニン〟!・フェラーリ」
「なんだって?!」
「俺は知ってるぞ……かつてキサマがクレイドルズ国で暴れたことを。よくも我がファミリーを潰してくれたな!」
「くっ!」
トミー・バーニン・フェラーリと名のる男と格闘するライセンス。
バーニンは小男なのに岩山のようなライセンスを背負い投げようとする。動きも猿のように俊敏で隙がない。
翻弄されるライセンスは喘ぐ声で言った。
「ブリウス逃げろ……こいつは、やばい」
「え?!」
「普通じゃない……これはおそらく〝ナピスの血清〟による……強化兵の力だ」
俺は拳銃を手に取った。
撃ち方は一度だけジャックに習った。一度だけだけど、ライセンスを助けなければ。
それに気づいたバーニンがライセンスを店のショーウィンドウにぶん投げ、今度は俺に飛びかかる。
まるで狂ったチンパンジーだ。俺は引き金を引いた。
咄嗟に脳天を狙ったがバーニンは右手を伸ばして弾丸を手のひらで受け止めた。
「な、なんて……」
「ワーッハッハ! バカめ!」
バーニンは容易く俺の手から拳銃を奪い去る。次に腰に下げたロープを手に取り俺の体を縛り始めた。
「何すんだよオッサン!」
「ブリウスてめえはもう一度尋問だ! 嘘発見器にかける!」
「くっそ……!」
一方で青いレーシングスーツの男がショットガンを肩に、腰をさすりながらゆっくり歩み寄っていた。
セブン号に近づき、クリシアを引きずり出す。縛られる俺は叫ぶことしかできない。
「クリシアッ! ……てめえ! クリシアに何をするっ!」
クリシアの首に腕を回し後ろから締めつける青レーシングスーツ男。
そいつはヘルメットをとり、素顔を晒した。まさかとは思ったが――漂うキツい香水。
「ウォルチタウアー! キサマッ!」
やつは嘲笑い、威嚇しながら言った。
「ブリウスよ。迎えに来たぞ。ワッハッハ」
「クリシアを放せ! 彼女は何も関係ないだろ!」
「おーや。そうかな? ジャックの妹であるこの女にも尋問せねば。何か隠しているかもしれんからな」
クリシアは泣き喚いて抵抗する。
「いや、やめて! 放して!」
動けない俺はバーニンにアスファルトの路上に押さえつけられる。ただ唸る情けない俺。
ウォルチタウアーはじわり詰め寄り、言い放った。
「一度はな、その〝バーニン〟がトランクケースを見つけ、その時点でおまえらには用がなくなり殺そうと思った。しかし差し向けた暗殺者は想定外に殺られちまった……が、結果それでよかったんだ。トランクケースには金はもちろん、〝カード〟も入っていなかったからな」
「……カード?」
訊ねる俺にウォルチタウアーは眼鏡を光らせて説明する。
「起動カードだよ。未来を支配するためのな」
「き、きどう? ……未来? 支配って何だよ」
「知っての通りリガル・ナピス総帥は死に、武器商ナピスという組織は壊滅した。しかし総帥の遺したもの、それは人智を超える新たな〝資源〟だ。〝リブラスト鉱石〟。その鉱石から産み出される無限のエネルギー動力炉を、俺が起動させる」
「……そ、そのための……カード」
「そうだ。金は盗まれていた。それは想定内だった。ふん、二億などはした金よ。しかしトランクケースの内張に隠して収められていた起動カードまでもが抜き取られていた」
「……だから、今度はクリシアにまで」
「そう、やり直しだ。ナピスの科学力をなめるな。あらためてキサマらの記憶をほじくり返す。何か手掛かりが掴めるはず。そしてその暁には俺がナピスを〝シン・ナピス〟として再興し、リブラストエネルギーで新たな世界を支配するのだ。ワッハッハ!」
「ウォルチタウアー! 訊くがジャックを殺したのはおまえか? おまえが警官に化け、ジャックを撃ったのか?」
「……ほう。だったらどうする?」
「答えろっ!」
「そうさ。俺の流した情報に引っ掛かり、ジャックはのこのこセントラスト銀行に現れた」
「く、くそぉっ!!」
「ジャックは〝レプタイルズ〟だという情報もあった。それには碧い石で精製した弾丸が効くと知られている。そして見事! 奴はぶっ倒れた」
「……チッ!」
「フッ、しかし殺すつもりはなかったさ。こんな面倒臭いことになったんだ。誤算だったよ」
思った通りだった。ふざけやがって、このヤロウ!! 絶対に許せねえ!!
◾️ウォルチタウアー(左)とトミー・〝バーニン〟・フェラーリ




