12. コーラの空き瓶ルーレット
午後四時。名も知れぬ田舎町に入った。
ガソリンスタンドに寄って給油、そして電話を。
しかし何度呼んでもやはりダグラスさんは出てくれなかった。……これも運か。
自販機でコーラを三本買い、ボンネットに地図を広げる。
俺は現在地とノースフォレストを指して言った。
「あと二十キロくらい走れば国境だ」
ライセンスは背伸びをし、外気とコーラの冷たさに心を震わせて応えた。
「……ふぅ。密入国か。気が引き締まるな」
「ああ。……仕方がないがこの山間にあるドライビングシアター跡地に車を置き捨て、歩いて山に入り国境を越える。かなり歩くことになる」
「紛争はないが野犬や熊が心配だな」
「そのためにも武器も奪った。備えは十分。とにかく国境警備隊に見つかりさえしなければ」
「山越えは容易くないぞ。体も冷える」
「うん。まぁあんたがいてくれるのが心強いんだ、ライセンス」
隣りでクリシアは不安を隠せず、コーラも飲まずに泣き出した。
「だ、大丈夫だよクリシア。なんとかなるって。彼も協力してくれる」
「わ、わかってる。それはわかってるけど……わたしこのまま」
「え? このまま……何?」
「……逃げて……それでいいのかって……やっぱり怖いの」
「怖い? んだよ今さら、俺はウォルチタウアーに殺される方が怖いよ」
「そ、そりゃあそうだけど……。本当に、やっていけるの? ノースフォレストで」
「うん、とりあえずダグラスさん家を訪ねて、それからさ。仕事だってなんでもする。真面目に働いてお金貯めてトレーラー買って、きみとずっと一緒にいるんだ」
「わたしだってあなたといつも一緒にいたいわ。でもずっと、陰で暮らすのよ」
「それは……仕方ないだろ」
「ずっと隠れて、日陰で裏通りで生きるのよ。それでもいいの?」
「……ここまで来て……そんなこと言うなよ」
ライセンスも困った顔で瓶を捨てにゴミ箱へ歩いていった。
しばらく無言が続いたが、俺は勇気づけるつもりで軽く戯けて言った。
「……じゃあクリシア、地図の上で空き瓶ルーレットだ。ほら、昔ジャックと三人冒険ごっこでよくやっただろ? 瓶を回して行き先を口が向いた方角へ決めるんだ」
「もう! こんな時にふざけて!」
「だって、ここまで来てそんなこと言うんだもん」
「だいたいあなたは昔からすぐヤケを起こして暴走する。わたしの忠告なんていっつも聞かないじゃない!」
クリシアは急にキンキンと声を張り上げた。目を逆三角形に、ギリギリと歯を剥き出して。
「クリシア……。俺は真面目に刑務所で三年我慢したろう? 充分反省した。もういいじゃないか」
「まだよくないわよ! あと一年が待てなかったの? 根性なし! 意気地なし! 先のことなーんにも考えてないんだから! いつだって、感情だけで突っ走って、逃げてるじゃない!」
「考えてる! 逃げてない!」
逃げてるくせにイライラ声を荒らげた俺にライセンスが戻ってきて口を挟んだ。
「あ、あ……、ブリウスよ。女の言うことは聞いた方がいい」
「は、……ええ?」
「彼女は不安がってる。これじゃあ山は、国境は越えられない。やはり無理だろう」
「ライセンス! あんたまで」
「……いいよ。俺ももう、戻ってもいい」
「えーっ?!」
「俺も、もう満足だ」
そこで突然クリシアがコーラを一気に飲み干し、地べたに地図を広げてその空き瓶を鮮やかに回した。くるくるくる――ピタッ。
「ほら! 見てブリウス!」
「あ!」
瓶の口が差すのは南。見事、来た方角に向いた。
そんな……。
確かにいつもそうだった。クリシアは自分の行きたいところへ、こうして見事にキメてた。
悔しくて口を尖らせ地図の上の空き瓶にフーフー息を吹きかける俺の腕をライセンスが掴んで首を横に振った。
「考え直せ。ブリウス」
「あ、あんた、それでいいのかよ」
「かまわん。ここまでの旅でもう自由を味わった」
「……で、でもウォルチタウアーに……殺されるぞ」
「一つ策がある。硬貨を貸してくれ。サンダース・ファミリーに電話する。やつの身辺を洗い、悪事を白日の下に晒す」
「……あの三人の殺し屋から連絡がなければ、ウォルチタウアーは新たな追手を差し向けるはず」
「そうだ。俺たちはまだ狙われている。これは時間との勝負だ」
頭を抱えてしゃがみ込む俺にライセンスは同じように横に並ぶ。俺の心はぐしゃぐしゃだ。
「お……俺だって……本当は悩んでるさ。逃げてばかりは情けないし、でも止まってちゃ道は拓けない。決心してここまで来たのに、もう覚悟を決めて行くしかねえじゃねえか!」
「うむ。……だがなブリウス。無理がある。もうこれ以上クリシアさんを心配させるな。デスプリンスでおまえは真面目にやっていた。それをやり直すだけだ。そそのかした俺も悪いし、ウォルチタウアーはもっと悪い。逃げるのはただ生き延びようと踠いてるだけさ」
「ライセンス……」
「おまえは誠実だ。その彼女への真っ直ぐな想いがあればなんでもやれる。大丈夫だ」
俺はホロリと頬を濡らした。
ライセンスはサンダース・ファミリーの相談役に連絡し、話を進めた。
俺たちは車に乗り込み、進路を南へ切り替えた。
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◾️いつかの冒険。左からブリウス、クリシア、ジャック。カスタムセブン号にて。