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11. LONG MAY YOU RUN

「景色を見ろブリウス。ずっと続いてる。だから俺たちはずっと走り続けるんだ」


 そう、ルカ叔父さんは言っていた。

 今延々と広がる荒野を車で走ってる。

 突き進む全方位、地平線が果てしなく続く。

 空は哀愁、橙色に覆われる。


 友と共有したこの車内の空間は永遠で、記憶の中で消えることはない。


 ルーフにキャリアを取りつけ、マストとセイルとサーフボードを積んで海まで走った。

 泳げないけど、ボードに立てるまでやってみた。

 風に吸い込まれるのが怖くて断念したけど気分は晴れやかだった。


 燃料計のメーターが壊れてて、渋滞の中ガス欠になった。

 ジャックが遠くのガソリンスタンドまで走って、店員とトラックで舞い戻った。

 みんなに見られて恥ずかしかった。

 メーターは信じないと心に誓った。


 クリシアは窓を少し開け、青く高い空を見ていた。

 太陽の光に艶めく黒髪が美しくなびいていた。

 彼女は穏やかな瞳で永遠を見つめていた。

 俺はそれを絶対守ろうと心に誓った。



 数えきれない記憶が湧き起こる。

 流れゆく景色は過去から未来へ、昨日から今日、そして明日へ向かう。

 ジャックとクリシアと俺、三人いつも一緒だと、疑わなかったあの頃。

 永遠を信じていたあの頃。

 でも俺たちは今を生きている。

 永遠ではなくなった今を。


 しっかり前を向いてなきゃ、事故ってしまう。

 油断してると道を踏み外してしまう。

 孤独を感じて追い詰めて見失って暴走してみても、深く傷つくだけだった。

 ジャックも同じように傷ついたと言った。



 あるクリスマスの夜。

 ジャックは酒場に迎えに来てくれと、俺とクリシアを呼んだ。

 俺がひどく落ち込んでる時だった。

 いっしょに飲めと言われ、帰りの運転はクリシアに頼んだ。


「……まぁ聞けよ。俺さぁ、あの頃は取り憑かれたように復讐を誓ってたんだ」

 それまでよほど言わなかった話を、ジャックは語った。

 この季節になると苦しくなる、俺はクリスマスは嫌いだと、彼は言ってた。


 ジャックは語る。

「……パパを殺した犯人を絶対捕まえてやると躍起になってた。警察もあてにならない、協力者から手にした情報で裏社会に潜り込んで頭を下げ、探りに行った。組織間の抗争に巻き込まれぐちゃぐちゃなりながらなんとか犯人にたどり着いた時はもう、俺もだいぶ疲れてたんだ」

「疲れてた?」

「心がさ。そいつは嫉妬でパパを殺した。パパが知ってる男でもあったし、やるせなくなってな。ずっとこの手で殺してやるって思ってたけど……できなかった」


 その犯人の男はナピスに洗脳されていて、最後は組織ソサエティが始末したという。

 ジャックは疲れていたし、考えをあらためていた。


「小さい頃ケンカした時だ。暴れる俺に『やられたらやり返す。それじゃあ何も生まれない』ってパパに言われた。じゃあ黙って泣き寝入りしろって言うの? って訊くと『一時的、表面的にはそうなるかもしれないが、じっと、長い年月をかけて見据えるんだ。心の中で睨み続けろ。カッとなって暴走するのが一番よくない』って」


 ウイスキーをショットグラスで啜る。

 俺にも勧めてナッツを摘んでまた語り出す。


「『ジャック、あらゆる方向から物事を考えるんだ』って。だから俺もひたすら考えた。クソみたいな相手でも、そいつとの縁が、俺を殺すのか、俺を活かすのか、とか。そもそも何が原因なのか、悪い方向にだけ進む意味、そう感じてしまう自分。じゃあ自分のルーツは何なのか、俺はどこから来たのか、パパはそのとき同じように考えてたのか、とかね。今でも考え続けて、呼吸をするように想像してる」

「む、難しいな……。ルーツって、ご先祖さま?」

「うん。もっと、もーっと生き物としての、この〝血〟について。我々を縛るものは、この血の呪いだ。遠い遠い記憶だ」

「……わかった。想像力が大事だね」

「……うむ。だからおまえ、あんまり自分だけを責めるな。産み落とされた我々にそもそも罪はない。おまえはあまりに〝個〟になりすぎて、自分だけが不運だ、悪者だと決めつける。それは良くない」


 ジャックは塞ぎ込む俺を励ましてくれた。

 頑張れとは言わない。シャイだから遠回しに。

 あれこれ、考え方やものの見方を変えろと言葉たっぷりに語ってくれた。

 一生懸命考えながら話すジャックといるだけで、俺は嬉しかった。

 ピザとジュースしかない隣りのクリシアも、その時は嬉しそうに付き合ってくれた。

 


 ジャックはクリスマスは嫌いだと言った。

 どうしても嫌な思い出の方が多いと。

 でもいい思い出もあるんだって。それは彼が十歳の頃の話――。


「あれはパパと俺とクリシアでデパートに行った時だった。イブの日。何か買ってあげようと言うのにクリシアは欲しいものを言わない。何が欲しいって言わないんだ。とりあえず食堂でランチしようと、座ったテーブルの横に見るからに金持ちの親子がいた。シャンパンとターキーとパンケーキにデザート。ウチらは貧乏だからスープとパンしか頼めなくてね。夜お家で豪華にしようとパパは頭掻いてたけど。その横の席で父親から娘にクマのぬいぐるみを、母親からお洋服をプレゼントされた。娘はたいそうはしゃいでた。こちらに見せつけるように。一方で俺たちの注文は忘れられたようになかなか来なかった。そのうち金持ち親子はごちそうを平らげさっさと帰っちまった。俺たちはようやく食事を終え、パパとクリシアは車へ。俺はトイレに。用を足すと近くのベンチにさっきのクマのぬいぐるみが置いてあった。きっとあの娘の……置き忘れか? 俺はズボンで手を拭きながらベンチに座る。五分たっても十分たってもあの娘は来ない。誰も来ない。俺は背中のリュックを開け、ぬいぐるみをそっと入れた。家に帰ってテーブルにはパパ手作りのアップルパイとミルクティー。めっちゃ甘すぎたけど、美味しかった。そして俺はクリシアにクマのぬいぐるみをプレゼントする。クリシアは目が点、パパもびっくりしてもちろん、俺は怒られた。あのテーブル席でクリシアがぬいぐるみをじっと見てたから、きっと喜ぶと思ったんだ。でも違っててね……。パパは俺を叱った後、『明日またデパートに返しに行こう』と言った。次の日、人気のない時間にこっそりベンチにぬいぐるみを置き、あとは黙ってようとパパは口に指を当てた。それから『さあ今日は聖地巡礼だ』と、俺とクリシアを車に乗せ、何時間も走ってとある街のフォーク喫茶に連れてった。〝白鯨HAKUGEI〟というその店は、クリシアのママ〝クリスティーン〟の生家であり歌手として育った場所。パパと出逢う前に、そのステージで一人歌っていたという。パパはクリシアを中へ。今住んでるマスターに、ママが輝いていた頃の写真を見せてもらい音源を聴かせてもらい、俺もジュースをもらったりした。クリシアは涙目で喜んでて、あれは最高に素敵なクリスマスだった」


 グラスを手にその日を懐かしむジャック。

 クリシアも照れてピザを頬張る。

 話はもう少し続いた。


「帰ってからクリシアは『あのテーブルでじっと見てたのは女の子のパパやママがあの子を見ないでしゃべってたから。わたしはパパとお兄ちゃんがいつも笑顔でわたしを見て、話を聞いてくれる。わたしの方がずっと幸せって思った』って言ったんだ。あの娘の親はプレゼント渡すだけであとは娘の話もろくに聞かずに自分たちの話ばかり。食べるのが遅いその子に終いにはイライラして立ち上がって。そんなんじゃ、『わたしの方が楽しい』って感じたって。あの言葉は、俺もパパも本当に嬉しかった……」


 そのうちお互い酔いが回って呂律が回らなくなって酒場を出た。

 ジャックは帰りの道中もまだ喋っていた。

 後部座席に並んで、俺はとにかく感謝を込めて礼を言った。



「……てかジャック。もーぅ元気出てきらよ、あいがとね、今夜わ」

「ふぅいいーーや、ブぃウスまだら、まらおまえはしょぼくれてう……ヒック」

「酔ってうからだよ……ほら、しゃっくい、飲みすぎらって」

「んーらことない! んーな……」

「……ん? ジャックぅ。……あ、もしかしれ、ヤバイ?」

「クッ、クぃシア、ちょっ……くぅま停メ。……オ! オゥエ〜エ〜〜ッ!」





 ……ジャックと共有したこの空間は永遠で、記憶の中で消えることはない。

 数えきれない思い出が湧き起こる。

 それでも俺たちは今を生きている。

 今の永遠を。



「どこまでも走り続けろ」



 願いが込められたその言葉を胸に、俺は真っ直ぐに明日を目指した。



挿絵(By みてみん)


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