10. あらためてノースフォレストへ
ライセンスの背中の右肩甲骨あたりに数センチの縫い目があった。
俺はナイフで埋め込まれた発信機をえぐり出した。小さな米粒ほどの発信機。
こんな小さなもの……なんて技術だ。
「痛かったなライセンス、すまない」
「なんてことはない。自由になったら摘み取るつもりでいたが……おまえに取り出してもらってよかったよ」
その背中とオダメイの負傷した指を、クリシアと受付の婆さまが手当てをする。
俺は眉間を押さえてライセンスに言った。
「……ここまで俺たちの行き先はバレてたわけか」
「……すまん」
「ジャックの墓地の場所も……もしかしたら、荒らされたかもな」
そこでオダメイが身を起こし、立ち上がって言った。
「あたしがそこへ行くよ」
「え?」
「実際にジャックの墓地に行ってみる。言ったろう? 話をしてみたいんだ」
澄んだ瞳で彼女は言う。
「あたしもわかってんだけどさ。ジャックは死んだって。でも、語りかけるのは構わないだろ?」
「ま、まぁ……」
「あ、心配しないで。あたしは墓を掘り起こしたりしないよ。それは約束する。そう、もしウォルチタウアーがいたら、あたしがやっつける! もしすでに墓を荒らされてたにしても、あたしが許さないよ」
腕組みして凛と立つオダメイ。
クリシアが俺の手を握り、彼女を信じようと言う。
「わかったオダメイさん。あなたの気持ちがおさまるなら、それで」
オダメイは仲間である受付の婆さまに謝礼と部屋の修理代を渡し、やられた見張り四人の処置を頼むと部屋を出た。
「あんたたちも早いとこ出るよ。追手も気になる」
俺たちはセブン号に。
ブラック・オダメイは派手でゴツいトライクに乗る。ゴーグルを首にかけ、俺に訊いた。
「ブリウス。あんたたちはノースフォレストへ行くんだろ?」
「はい。今のところ」
「今のところ? はっきりしなよ。そんなんじゃクリシアちゃんも困るだろ」
「は、はい。すみません」
「それにほら、これあげるよ」
と言って俺に投げた一枚のカード――いや、これは運転免許証だ。
「え?!」
「あたしの魔法でちょいちょいと細工した。それで逃げきれるさ」
有効期限が余裕で延長されてる。というか、なにより名前が『エルヴィス・キング』になってる! め、目立つだろ! もっと違うのがなかったかな。それよりも嫌なのは顔写真も髭モジャにされてること。またマジックペンでごまかせってか? ……しかしなんでもできるんだなこの人。
「ブリウス、あんたが気にしてんのも承知してるよ。クリシアちゃんにずっと運転させるのもかわいそうだからね」
「あ、ありがとうございます!」
「逃げきれるといいね」
「……人を頼るわけですけど」
「んん……まぁ、どう転ぼうが、あんたたち二人いっしょに助け合っていけば、なんとかなるだろ」
「オダメイさんも、お気をつけて」
「ああ。ありがとな」
朝日のあたるモーテルを、ブラック・オダメイは颯爽と走り去って行った。
俺はセブン号にクリシアとライセンスを乗せ、いよいよハンドルを握った。
* * *
再び国道13号線に入り、北へ進む。
刑務所を抜け出てまだ二日も経っていないのにかなりの時間が過ぎた気がする。
ブラック・オダメイのおかげで得たものも大きいが。
信号待ちで後部座席のライセンスとルームミラー越しに目が合う。俺は言った。
「背中、痛くないかい?」
「ああ。大丈夫だ。……ただ、最初乗った時からどうも硬いものがあたる」
「シートもヘタってるからな。そこは我慢して」
「うむ。だがいい車だ。見た目より中が広いし馬力もある」
「ジャックが愛した車さ」
「……良き友を失くしたな」
「ああ……」
ジャックのことは一日たりとも忘れることはない。走ってると次から次へと思い出す。
ジャックは、
「俺はおまえが走らせる車の助手席でこうして煙草吹かしてんのが好きだ」と言ってた。
ラジオの音楽で歌いながらドライブも楽しんだ。
三人で乗ってて、音痴なジャックに後ろのクリシアが笑って、俺も笑ったらジャックが怒って……でもまた歌って。
よく喋った。俺もソサエティのメンバーになるって言うとジャックは断固反対した。
「おまえにゃ無理無理。優柔不断で指示待ち妖怪だから単独無理だし。喧嘩は強いと思ってるだろうが粗野なだけで無鉄砲、かえって危険な目にあう。牽制したり出し抜く知恵が足りん。こうやっておとなしく時々俺の指示通りに車の運転してくれりゃあいいんだ」
俺はムッとなって返す。
「随分悪口言ってくれたね」
すると、
「まぁ、臨時のメンバーということで。な?」
だと。
「ブリウス、おまえのこと……リーダーのダグラスさんに話したことはある。だが絶対引き込むなって返された」
「認められないんだ、俺」
「そうじゃない。……危険だからだ。おまえにはクリシアを任せてる。わかるだろう?」
「わかるよ。都合のいい時だけ要員てことも」
……たしかに、俺とクリシアのこと心配してくれてたこともわかってたよ。
ジャックの説明だと、〝ソサエティ〟という地下組織は自警団で、世に暗躍した死の商人ナピスを壊滅させたらしい。
「俺が総帥リガル・ナピスをやっつけたんだ」と得意げにガッツポーズしてた。
そんな大物をどうやったんだろ。グーで殴ってか? ……まさか銃で?
でも第二第三のナピスがまた現れるからジャックたちは動いてて、世直しとしてやってる盗みも、富裕層の怪しい奴らや、薬物や卑劣な人身売買なんかやってる連中を炙り出すため、情報収集のためでもあるんだと言ってた。
ふと、助手席のクリシアに目をやる。ウトウト居眠りしてる。ひどく疲れさせてる。ごめん。
俺は後ろのライセンスに言った。
「あ、もし、どこかで降りたければ言ってくれ。あんたの好きなところで降ろすよ」
「今さら何を言う。いつ襲われるかもわからんのに」
「……そっか」
「おまえと、クリシアさんは俺が守る」
「ライセンス……。なんだか、すまない」
俺は後ろからじっと見つめるライセンスに頭を掻いた。正直、頼もしい。
「ブリウスよ。ジャックが英雄と呼ばれたもう一つの理由はナピスを倒したからだと噂された。それは本当なのか?」
「え? ……た、多分。本人は得意げに言ってたけど。彼にはいつの頃からか地下組織ソサエティとエルドランド最大マフィアのサンダース・ファミリーそして窃盗団ソウルズがバックについてた。およそ一人じゃできない話だと思う」
「そうか。ナピスを壊滅させても元幹部だったウォルチタウアーは生き延び、ジャックに盗まれた金を執拗に狙っていた。実に滑稽な話だ。しかし本当はもっと根深い理由があるのかもしれん。もっと重要な目的が」
「重要な目的?」
「武器商人だったナピスの科学力は人の想像をはるかに超える。あの米粒大の発信機などお手のものだ。核、細菌、生体兵器、人間さえも兵器として造り変えると聞いた。そう簡単に太刀打ちできるだろうか。〝壊滅〟も情報操作かもしれない」
「……それって、ナピスはまだ、今も」
「総帥リガル・ナピスが死んで本拠地も兵器工場も畳まれ表面上は無くなったのかもしれんが、まだ動いてる。まだ終わってはいない。残党が動かしている」
「ウォルチタウアーは巧妙に生き残り、もしかしたら組織を……」
「再編……。それもあり得る話だ」
ライセンスとの話で、俺は背筋が凍る思いがした。
そしてウォルチタウアーの目的は金以外に、何か別にあるのではと……そのトランクケースの中に。




