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1. KEEP THE FAITH

挿絵(By みてみん)


◾️ジャック(左)とブリウス



* * *



 俺の名はブリウス。

 このエルドランドという寄せ集めの国に生まれ、二十年生きてきた。

 荒涼とした大地に寒風が吹き抜ける、町はずれの安アパートに住んでいた。


 母子家庭だった。父親のことは知らない。

 九つの時に母親を病気で亡くした。

 母は、

「あなたの父親は運命を背負って私から身を引いた。彼は逃げたんじゃない。危険な世界に私を巻き込むわけにはいかないと気遣った。私から逃げたんじゃないのよ。それはわかって」

 俺にそう言い聞かせていた。

「どんなひとだったの?」

 と幼き日の俺は何度も聞いたが、

「一緒にいるだけで楽しい人だった」

 と、彼女は答えるだけだった。

「パパのなまえは?」

「……忘れたわ」



 俺が十歳の時、「この男こそ」と思えるほどの友を持った。

 彼は俺より三つ上の兄貴で、かわいい妹と二人で暮らしていた。

 その年齢(とし)で働いていることに俺は率直に感激した。

 真面目に働く男こそかっこいいと思える。

 白い息を吐き、汗をかき、しかし難儀をものともせず、笑顔で応えてくれる彼に心からしびれてしまったんだ。


 彼の名はジャック。ジャック・パインド。

 そして妹の名はクリシア。

 揺れる黒髪と思いやる眼差しと艶のある彼女の美しい声に、俺は運命を感じた。


 それから数年間、ジャックの周りにも俺の周りにもいろいろと大変でたくさん壮絶なことがあって、ジャックは結果、『アウトロー』になった。


 生成りのコートをなびかせ、ダークブロンドのリーゼントをキメる二十二歳のジャックは行く。

 一九六五年、貧乏人から金も生活もむしり取る国家の傲慢な経済政策に、ジャックは反旗を翻した。


 エルドランド国中の銀行に保管された不動産登記簿を焼き払ったり、脱税容疑者の預金を強奪しその金をホームレスやスラムにばら撒いた。

 住宅ローン返済で苦しむ者、土地を追われ路上にうずくまる者、糧を失い死に急ぐ者たちはいつしかジャックのことを『(ソウル)の英雄』だと讃えた。

 権力者は包囲網を張り、その神出鬼没のアウトローを地の果てまでも追跡した。



 クリシアの心配をよそに、ジャックはまたある日突然俺の前に姿を現す。

 冬の夜のレストラン。

 奥のテーブル席で向かい合い、彼は小声で告げた。


「ブリウス。明日の二十二時、セントラスト銀行を襲う」

「……今度は登記簿? それとも」

「そこの支店長が脱税してる。そいつの隠し金庫を掻っさらい、次の慈善クリスマスパーティーに寄付するんだ」

 と言ってセントラスト・シティの街区と道路の地図、銀行のレイアウト図面を手元に広げた。


「俺は何をすればいい? やっぱり車の運転だけ?」

「そうだ。ブリウスおまえはこの消火栓の前で待て」


 ジャックはあれこれ細かい綿密な計画を語った後、ミルクティーを啜って次に煙草に火を点け、ソファにドカッと背もたれた。

 余裕の中の鋭い気迫に終始圧倒されながらも俺は言わなきゃいけないことだけは忘れずに言った。


「クリシアに電話してあげてよ。俺だってこれが初めてじゃない。俺が消えると『お兄ちゃんとどこ行ったの? 煙草のニオイでわかるんだから。絶対二人で悪いことしてるでしょ!』って突っかかるんだ。図星だから何も言えないんだよ」

「だーーっはっは! あいつの怒る顔怖えもんな、おまえ口下手だし、しどろもどろであいつの早口には敵わねえ。ま、俺もそうだがな。ワハハ」

「笑い事じゃないよ! てかいつまで続けるつもりなの。〝ソウルズ〟の意志を継ぐって言ったって、いつか捕まって法で裁かれる。義賊だ世直しだ、つっても、いつまでも逃げられるもんじゃないよ」

「おーぉ、ブリウスけっこう大人。現実をわかってらっしゃるな」

「全然ガキだけど。こんな不平等な世の中で、俺たち学もないガキなんて無力だろ」


 そこでジャックが睨んだ。顔をしかめ、人差し指で俺の鼻っ面に照準を合わせて中空をピンと弾く。


「違う。ブリウス。俺たちは無力じゃない。微力だ。ゼロじゃない。イチだ」


 それからジャックは立ち上がり、笑って手を振り颯爽とレストランを後にした。



 ついていきたい男がいる。

 こんな男になりたいと心から思う。

 俺にとって、ジャックがそうだ。

 彼の豪胆さと溢れる勇気にどうしても憧れてしまう。

 ひたむきで力強く、猛々しく拳を振るっても、俺たちに対しては思いやりを忘れない。

 弱い者いじめは絶対にしない。

 彼は繊細なんだ。でも暗いわけじゃない。

 天性の明るさというか、滲み出る余裕というか、クソ度胸みたいなものがある。

 俺はどうも自分自身のこう、うじうじしたところが嫌いで、暗いとこが嫌で、「考えるより動け」って言う彼の瞬発力にいつも助けられるんだ。

 ……もっとも、強盗に誘うなんてとんでもないヤロウだが。


 俺もいろいろあって、いつの頃からか突っ走ってた。

 ジャックの『弱者へ差しのべる心』を信じて、まるで信奉するように動いてた。

 『KEEP THE FAITH』 ....ジャックの好きな言葉。彼は信念を持っていたんだ。



 十二月二十三日の夜、セントラスト銀行街区の消火栓の前に車を停めた。

 ジャックはそこへ潜入し、あっという間に現金の入った袋を背負って還ってきた。

 警備員の制服姿で白い息を吐きながら。

 変装……いや見たものに変われる擬態こそが彼の手段だった。およそ信じられない話だが。


「知らないか? 俺にはレプタイルズの血が流れている。え? なんのこっちゃわからんか……うーん。日本のニンジャみたいなもんさ」

「ニンジャもよぅ知らんて」


 ジャックが助手席に乗り込む寸前、銃声が轟いた。

 ジャックは左足を撃たれてしまった。


「くっそ! 行け! ブリウス、思いっきりアクセル踏め! 」

「手当てしなきゃ!」

「こんなのかすり傷だ! すぐ治る、裏通りをすり抜けて川沿いへ出ろ!」



 州境の手前まで走り続けたが、包囲していた警官隊にタイヤを撃たれ、足止めされた。

 ドアを開け飛び出したジャックも撃たれてしまった。


「ジャーーック!」

「……ブリウス……い、妹を、頼む」


 警官の放った弾丸は、ジャックの胸を貫いた。


「クリシアを、頼む」


 それがジャックの最後の言葉だった……。

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