第七廻:愛しておりますわ!
「さ、さてと、こんなに大きな魔石だと、持って帰るのも一苦労ですわね」
「あ、ああ、そうだね」
我に返って急に恥ずかしくなったわたくしは、必死に話題を逸らします。
「これだけのサイズの魔石は、わたくしも初めて目にしました。まさに国宝級と言っても過言ではないでしょう」
流石は伝説の魔獣の魔石だけありますわ。
これはわたくしとギルさんの名前が、歴史に残るかもしれませんわね。
「その魔石に触るなッ!」
「そ、そうですそうですッ!」
「「――!」」
その時でした。
いつの間にか戻って来ていた不毛地帯山頂部のレックス殿下と、お漏らし魔法使いのドロシーさんが、唐突に怒鳴ってきました。
んんん??
「触るなとは、どういうことでしょうか、殿下?」
「そのままの意味だ! その魔石は、あくまで僕のものなのだからな!」
「…………は?」
こ、この期に及んで、何を言い出すのでしょうかこの方は……。
「お言葉ですが、アブソリュートヘルフレイムドラゴンを倒したのはわたくしたちのパーティーです。ですから、魔石の所有権は、わたくしたちにございますわ」
「いいや、最初にアブソリュートヘルフレイムドラゴンと対峙したのは僕たちのパーティーだ! だから所有権は僕たちにこそある! 君もそう思うよな、ドロシー!」
「はい、当然です!」
えぇ……。
そのアブソリュートヘルフレイムドラゴンに手も足も出ず、這う這うの体で逃げ出したのはそちらではありませんか?
それなのに、いざわたくしたちが勝ったら魔石だけ横から掠め取ろうなどと……。
冒険者としてのプライドは、この方にはないのでしょうか……。
「……申し訳ございませんが、この魔石をあなた様にお渡しするわけにはございません」
これは、わたくしとギルさんが、文字通り命懸けで手に入れたものなのですから。
「何だとォ!? 貴様、公爵家を追放されたただの平民の分際で、王太子たる僕に逆らっていいとでも思っているのか、あぁ!?」
「……!」
言うに事欠いて権力まで持ち出すとは……!
いよいよもって、冒険者の風上にも置けない方ですわ!
「殿下こそ、ダンジョンでは実力こそが絶対的なルールだということをお忘れなのですか? いかなる権力を持つ人間であろうと、ダンジョンでは意味をなさないのです」
「フン、それはあくまで建前だろうが! いいか、世界というのは権力で成り立っているんだよ。そしてこのダンジョンも、その世界の一部に過ぎん。だからこそ、僕こそがダンジョンでの絶対的なルールなんだ! さあ、わかったら大人しくその魔石を僕に渡せ!」
「……クッ」
何ということでしょう……。
あまりにも理不尽。
……ですが、一平民に過ぎないわたくしには、どうすることも。
「――フザけるなッッ!!」
「「「――!!?」」」
その時でした。
無言でわたくしたちの遣り取りを窺っていたギルさんが、突如声を荒げました。
ギ、ギルさん……!?
「な、何だ貴様は!? 王太子たる僕に対して、その口の利き方は! 無礼だぞッ!」
「無礼なのはどちらだ! まったく、君のような人間が僕と同じ立場だと思うと、反吐が出る」
「…………何?」
ギルさん??
同じ立場、とは??
「……あまり権力をひけらかすのは好きじゃないから隠してたんだが、そっちがその気なら僕も黙っているわけにはいかない。――僕の本名は、ギルバート・キャヴェンディッシュという」
「「「――!!!」」」
そ、そのお名前は――!
この大陸の覇者とも言われている超大国、ファルベスタ帝国の皇太子殿下のお名前ではないですか!?
弱小国家の我が国の王太子殿下とは、それこそ月とスッポン。
ああ、どうりで初めてお会いした時から、高貴なオーラが溢れてらっしゃると思いましたわ……。
「う、嘘だ……。それだけの超大物が、こんな辺境のダンジョンで冒険者などしているはずがない!」
ううむ、レックス殿下の仰ることも一理ありますわね。
弱小国家王太子のレックス殿下ならまだしも、ファルベスタ帝国の皇太子ともなれば、危険を冒してまで自らダンジョンに潜る必要性はないはず。
「それは我が国の伝統によるものだよ。代々ファルベスタ帝国の皇太子は、18歳になったらこのダンジョンで冒険者として実績を積むことを義務付けられているんだ。弱い皇帝には誰も傅かないというのが、我が国の考え方だからね」
「そ、そんな……!」
まあ、そんな伝統が……!
ご立派ですわ、ギルバート殿下!
「さあ、これで君と僕の立場の違いがわかっただろう? それでもこれ以上文句を言うようなら、今度は実力でわからせるしかなくなるけど、いいのかい?」
「「――!?」」
ギルバート殿下は杖を構えて、レックス殿下に冷たい瞳を向けます。
嗚呼、ギルバート殿下のゴミを見るような目も素敵ですわッ!
わたくしがギルバート殿下にも【女神の聖衣】を付与できるようになった以上、今やわたくしたちは完全無敵の存在になりましたからね。
「……ク、クソッ! 帰るぞ、ドロシー!」
「は、はいぃ……」
不毛地帯山頂部のレックス殿下と、お漏らし魔法使いのドロシーさんは、背中を小さくして、逃げるように帰って行ったのでした。
ざまぁないですわ!
「……今まで正体を隠していて、本当にゴメンよ、セレナ」
二人きりになった途端、ギルバート殿下がしょぼんとしてしまわれました。
ああ、さっきまではあんなに凛々しかったのに!
これぞギャップ萌え!
ギャップ萌えですわ!
「いえ、殿下にもお考えがあってのことだったのでしょうから。どうかお気になさらないでくださいませ。わたくしこそ、知らなかったこととはいえ、今まで数々のご無礼な態度を取っていたことを、どうぞお許しください」
わたくしはギルバート殿下から手を放し、カーテシーを取ります。
その途端、ギルバート殿下を覆っていた【女神の聖衣】の魔力が消えました。
ふむ、どうやら触っている間だけ、【女神の聖衣】を付与できるようですわね。
「いや、僕は全然気にはしていないよ。……むしろ、君からそんな他人行儀な態度を取られるのが嫌だったから、咄嗟に正体を隠したんだ」
「――!」
ギルバート殿下が燃えるような熱の籠った瞳で、わたくしを見つめます。
あわわわわわわ……!
わたくしの体温が一瞬でギュンと上がり、心臓がキュッと締めつけられました。
「どうか僕のことは今まで通り、ギルと呼んでほしい。――そして君には、僕の妻になってもらいたいんだ」
「――!!」
ギルバート殿下――いや、ギルさんはその場に片膝をついて、右手をわたくしに差し出されました。
嗚呼、ギルさん――!
「で、ですが、ただの平民に過ぎないわたくしが、皇太子殿下の妻になどと……」
「いや、我が国は自由恋愛を重んじる国柄だからね。心から好きになった相手であれば、身分は関係ないのさ。現に僕の母上も、元は平民の冒険者で、凄腕の魔法使いだったんだ。当時はまだ皇太子だった父上は母上とこのダンジョンで出会いパーティーを組んでいたんだけど、母上に惚れ込んだ父上が、プロポーズしたんだよ。今の僕みたいにね」
「そ、そうなのですか!?」
まあ、何と素晴らしいお国柄でしょうか!
「だからセレナも身分は気にせず、どうか僕に対する正直な気持ちを聞かせてほしい。――僕の妻になってくれるかい、セレナ?」
「……ギルさん」
蕩けるような甘い笑顔でそう言われては、わたくしにはもう首を縦に振る他ありませんでした。
「……はい、どうかわたくしを妻にしてくださいませ。愛しておりますわ、ギルさん」
「フフ、ありがとう。僕も愛しているよ、セレナ」
わたくしはギルさんに差し出された右手に、そっと左手を重ねたのでした。
ギルさんがアブソリュートヘルフレイムドラゴンの白銀の魔石の一部を加工して、わたくしへの婚約指輪をあつらえるのは、この少し後のことでした――。