第六廻:愛の力ですわ!
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
先ほど同様、灼熱の炎をわたくしたちに吐いてきたアブソリュートヘルフレイムドラゴン。
でも、無駄ですわ――!
「ギルさん!」
「ああ!」
いつも通りわたくしが前衛で炎を防ぎ、その隙に後方からギルさんが最上級魔法で敵を屠る。
これがわたくしたちの必勝パターンですわ!
「冥府に響く亡者の讃歌
七つの月が影を消す」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
「「――!!」」
その時でした。
その巨体からは想像もつかないほどのスピードで飛び上がったアブソリュートヘルフレイムドラゴンは、そのままわたくしを無視してギルさんに特攻して行きました。
そ、そんな――!
瞬時に攻撃役はギルさんだと見抜いたとでもいうのですか!?
この魔獣、相当知恵が回る――!
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
「アアァッ!!!」
「ギ、ギルさああああんッ!!!」
アブソリュートヘルフレイムドラゴンの丸太ほどもある、太く鋭い前脚の爪が、ギルさんの胸部を掠め、ギルさんはその場に崩れ落ちました。
「ギルさんッ!!!」
咄嗟にギルさんに駆け寄ったわたくしは、ギュッとギルさんを抱きしめます。
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
そんなわたくしに、アブソリュートヘルフレイムドラゴンは何度も何度も前脚の爪を振り下ろしますが、わたくしにはかすり傷すら付きません。
「ギルさん! お気を確かに、ギルさんッ!」
「う、うぅ……、セレ、ナ……」
「……!」
ギルさんの斬り裂かれた胸部から、夥しい量のドス黒い血が溢れます。
嗚呼、この血の量では、もう……!!
「ギルさん!! ああそんな、死なないでください、ギルさんッ!!」
何がタンク役ですかッ!!
守ることしか能がないクセに、その役割すら全うできないとは……!!
レックス殿下の仰る通り、わたくしはただの役立たずだったのですわ……。
「……セレナ、最後にこれだけは聞いてほしい」
「ギルさん……!? お、お願いだから、最後だなんて言わないで……」
「――僕は、君のことを愛している」
「――!!」
ギルさん――!!
「……初めて会ったあの日、僕は運命を感じたんだ。……君こそが、僕の生涯の愛を捧げる相手だと」
「ギルさん……」
ああ、わたくしも今やっと、自分の気持ちがハッキリとわかりました。
「……わたくしもです。わたくしもこの世の誰よりも、あなた様のことを愛しておりますわ、ギルさん」
「……! フフ、そうか、よかった。僕たちは、両想いだったんだね」
「ええ、そうです。ですからどうか、死なないでくださいませ。あなた様に死なれたら、わたくしは……」
最早涙でギルさんのお顔がよく見えません……。
「どうか泣かないでセレナ。……僕はいつだって……君の……そば、に……」
「――! ギルさん! ギルさああああんッ!!!」
眠るような安らかな顔で、ゆっくりと目を閉じるギルさん――。
「イ、イヤアアアアアアアアアア!!!!!!」
その時でした。
わたくしの全身を覆っている【女神の聖衣】の魔力が、見る見るうちにギルさんの身体にも移っていく感覚がしました。
こ、これは――!?
「う、うぅん……」
「――!」
するとギルさんの胸部の傷が瞬く間に塞がり、傷跡すらない元通りの状態に戻ったのです――。
まさか……。
「え? これは、どういうことだい、セレナ?」
「ああ、ギルさあああああん!!!」
「うわっ!?」
感極まったわたくしは、ギュッとギルさんに抱きつきました。
ああ、ギルさんギルさんギルさんギルさんギルさああああん!!!!
「ううう、よかった、よかったですわああああああ」
「これは、いったい……」
「おそらく、わたくしの【女神の聖衣】の力が、ギルさんにも移ったのですわ」
鼻と鼻が付きそうなくらいの距離で、ギルさんの目を見つめながらわたくしは仮説を述べます。
「なっ!? そ、そんなことが可能なのかい!?」
「いえ、少なくともわたくしが知る限りは、自分以外の人間に【女神の聖衣】を付与させた実例はないはずですわ。ですが、身に着けている服には付与できているので、理論上は可能なのではないかと前から思っておりました」
「あ、言われてみれば」
「わたくしのどうしてもギルさんを救いたいという強い気持ちが、【女神の聖衣】を昇華させたのかもしれませんわね」
「……そうか、やっぱり君は、僕の命の恩人だ。――愛してるよ、セレナ」
「ええ、わたくしも愛しております、ギルさん」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
おっと。
せっかくいい雰囲気でしたのに、随分野暮ですわね。
まあ、この続きはアブソリュートヘルフレイムドラゴンを倒した後で、ゆっくりといたしましょうか。
「さあギルさん、後は頼みますわ」
「ああ、任せてよ」
わたくしたちは恋人繋ぎでアブソリュートヘルフレイムドラゴンに対峙します。
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
アブソリュートヘルフレイムドラゴンは灼熱の炎をわたくしとギルさんに浴びせますが、わたくしはもちろん、ギルさんもまったくの無傷です。
ふふ、これぞ、愛の力ですわ!
「これで終わりだ」
凛々しいお顔のギルさんが、杖を構え魔力を込めます。
嗚呼、ギルさん、素敵……。
「炎は唄う 愛を求めて
水は踊る 二人のために」
こ、この呪文は――!
「風は囁く 世界の裏を
雷は跳ねる 歓喜に震えて
土は静かに 時を見つめて
闇は包む 沈んだ海で
光は憐れむ 人の歴史を
――深淵魔法【七色の贖罪】」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ギルさんの杖からフロアを覆うほどの、極太の七色の光が照射され、それがアブソリュートヘルフレイムドラゴンの全身を包みました。
光が収まると、そこには人間の子どもほどもある、巨大な白銀の魔石だけが残されていたのでした。
す、凄い……。
「今のは、全魔法の中でも最高峰と言われている、深淵魔法ですわよね? ギルさん、深淵魔法まで使えたのですね」
「いや、使えたのは今が初めてさ」
「え?」
そ、そうなのですか!?
「前々から練習はしてたんだけどね、一度も成功したことはなかった。――きっとこれも、愛の力ってやつなんじゃないかな」
「――!」
ギルさんが天使みたいな神々しい笑顔で、わたくしにパチリとウィンクを投げます。
嗚呼、ギルさん――!
「ふふ、そうかもしれませんわね」
わたくしとギルさんはどちらからともなく恋人繋ぎをしている手に、ギュッと力を込めたのでした。