第一廻:パーティーを追放された挙句婚約破棄されてしまいましたわ!
「セレナ、ただ今をもって君との婚約を破棄し、君を我がパーティーから追放する!」
「――!」
冒険者たちでごった返している、朝のダンジョンの入り口前。
そこでわたくしは、婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるレックス殿下から、唐突にそう告げられました。
「あ、朝からご冗談はおやめください殿下。パーティーの士気に関わりますわ」
「フン、もちろん冗談などではないさ! これは極めて合理的な判断だ。君は婚約者としても、パーティーメンバーとしても役者不足。――その自覚はあるだろう?」
「そ、それは……!」
まったく身に覚えがないとは言えないので、言葉に詰まるわたくし。
確かに幼児体型のわたくしは、女性としての魅力には欠けているかもしれません……。
わたくしのような女が未来の王太子妃では、王家の沽券に関わるという陰口もよく耳にします。
そしてパーティーメンバーとしても、わたくしは攻撃面ではまったくお役に立てていないのが実状……。
「ですが、わたくしがいなくなったら、パーティーのタンク役は誰が担うのですか?」
攻撃面では役者不足でも、タンク役としては、わたくしより向いている人間はいないという自負はございますから。
「フン、タンク役などもう不要だ。時代は変わったんだ。今はタンク役などに貴重な人員は割かず、パーティーメンバー全員を攻撃面で優れている者のみで構成し、迅速に魔獣を倒すのが最適解な時代なんだよ」
「と、とはいえ、あなた様は我が国の王太子殿下。御身にもしものことがあったら……」
「ええい、うるさいうるさい! 僕の剣の腕は君もよく知っているだろう!? 君なんかに守られずとも、僕は冒険者としてやっていけるさ! ――と、いうわけで、今日から新たに僕の婚約者兼、パーティーメンバーとなる女性を紹介しよう!」
「どーもー、お久しぶりでーす」
「っ!」
そこに現れたのは、男爵令嬢で魔法使いのドロシーさんでした。
そ、そんな……!?
「ドロシーの攻撃魔法なら、どんな魔獣だろうと瞬殺してくれる。そうだよな、ドロシー?」
「はーい、お任せくださーい」
公衆の面前にもかかわらず、熱くドロシーさんの肩を抱く殿下。
そんな殿下に、ドロシーさんはその牛のように豊満なお胸を、これでもかと押し当てています。
くぅ……!
「そういうわけだ。今までご苦労だったなセレナ。精々達者で暮らせよ。じゃあな」
「お疲れ様でーす、セレナ様」
殿下とドロシーさんは、仲睦まじく肩を寄せ合いながら、ダンジョンの中に消えて行きました。
その後を、残りのパーティーメンバーである、槍使いのジャックと、弓使いのテッドが追います。
「う、うぅ……!」
わたくしは世界から拒絶されたかのような無力感に押し潰されそうになりながら、しばらくその場に一人佇んでいました――。
この辺境の地に、ある日突然ダンジョンが出現してから、幾星霜――。
ダンジョン内に出現する魔獣から採取できる魔石や、宝箱から得られる金銀財宝は、人々に巨万の富をもたらし、このダンジョンを中心として、大小様々な国家が築かれました。
ダンジョンにおける不文律は、次の二つ。
・パーティーメンバーは、四人までとする。
・ダンジョン内で得たものは、税の対象外とする。
これにより、我が国のような小国は、王族や貴族であろうと富を維持するため、自らの足でダンジョンに赴かねばならない環境が形成されたのです。
わたくしも公爵家の令嬢として、物心付いた時からレックス殿下の婚約者兼、パーティーメンバーとしての役割を全うすることを義務付けられ、今日まで自分なりに、身を粉にして働いてきたつもりです――。
……ですが、どうやらそれらの努力は全て、徒労だったようですね。
「ハァ、これからどうしましょうか……」
何はともあれ、状況をお父様に報告せねばなりません。
わたくしは重い足取りで、我が公爵家へと歩を進めました。
「なにィ!? 婚約破棄された挙句、パーティーメンバーからも追放されただとォ!?」
「は……はい……」
たどたどしくもお父様に今さっき起きたことを報告すると、お父様は固く握った拳をテーブルに叩きつけながら憤慨しました。
「この、役立たずがッ!! 貴様を殿下の婚約者にするために、私がどれほどの金を積んだと思ってるんだッ!!」
お父様は手元にあった灰皿を、わたくしの足元に投げつけます。
わたくしの買ったばかりの靴が、灰まみれになってしまいました……。
お、お父様……。
「申し訳ございませんでした……。不甲斐ない娘で、合わせる顔もございません……」
「ハッ! まったくだ! もう貴様には呆れた。――今この時をもって、貴様とは親子の縁を切る」
「そ、そんな……!」
お父様――!
「お父様、どうかお慈悲を……!」
「ハッ! 貴様にはもうお父様などと呼ばれる筋合いはない! 荷物を纏めて、とっとと出て行け、この穀潰しがッ!」
「……!」
逆鱗に触れるとは、まさにこのことなのでしょう。
荒れ狂うドラゴンのようになってしまったお父様は、取り付く島もありません。
「しょ、承知いたしました……。今日まで、大変お世話になりました……」
「ハッ! 形ばかりの挨拶などいらん! さっさと私の視界から消えろ! 目障りだ!」
「……」
わたくしは奥歯をグッと噛みしめ、必死に涙を堪えながら、長年住んだ生家を後にしたのでした――。