憧れの文学少女に「今宵は月が綺麗ですね」って告白したら「……今日、月出てないよ?」って言われた
「佐藤くん……話って何かな?」
星々が輝く夜空を見上げたかと思えば、片町さんは透き通るような大きな瞳で僕の瞳を捉えた。
「……」
──大丈夫。
ここまではプラン通り。
──すべてのプログラムが終了した文化祭最終日、今どき時代遅れともいわれかねないキャンプファイヤーを前に、クラスメイトたちは大いに盛り上がっている。
普段見慣れない眼前で燃え盛る大迫力の焔色の煌めきを前に、おそらく誰一人として、みんなの憧れ、片町さんを僕が屋上に連れ出したことに気がついていないだろう。
「か、片町さんっ……! 僕…………」
一世一代の大勝負の前に尻込みしてしまうのは僕の良くない癖だ。
……でも、片町さんだって屋上についてきてくれたんだ!
これは結構脈アリなんじゃないか!?
それに、告白の言葉はもうすでに考えてある。
休み時間はいつも図書室にこもる生粋の文学少女である、片町さんの趣味嗜好はすでにリサーチ済み。
ここ最近、彼女が読みふけっている本は夏目漱石の物語だ。
……なぜそんなことを知っているかって?
それは、図書委員の僕が彼女が読む本の背表紙が目に入るからだ。
決してストーカーみたいに図書室に向かう片町さんの後をこっそりとつけて、リサーチしたわけじゃないよ?
まったく、変な言いがかりはやめてよね。
片町さん目当てで図書委員になっただけなのに。
……とにかく。
今の彼女にピッタリな告白の言葉は、もうかの有名なあれしかない
──よし。いくぞ……っ!
文化祭テンション最高潮のこのベストコンディション。これ以上の絶好のチャンスはない!
今日こそ片町さんに……想いを……伝えるんだ……ッ!!!
「……片町さんっ!」
「……何かな?」
「──今宵は……月が綺麗ですねっ!!」
……言った。
……言ったぞ。
ついに言ってしまったぞ!! 引っ込み思案な僕がついに女の子に告白を──
「──今日、月が出てないよ?」
「……………………え?」
片町さんは真上を指さしながら、困ったように優しく笑っている。
……何を言っているんだ!?
たしかに今日は雲ひとつない快晴のはずなのに!?
僕は夜空の星々が輝く空を見上げて──
……。
……。
「──いや新月っ!!!」
こうして、僕の一世一代の告白は無惨にも砕け去った。
◇
──1年後。
「片町さん……話って何かな?」
文化祭の最終日の夜、キャンプファイヤーにみんなが見とれてるうちに、私は佐藤くんを学校の屋上に連れ出した。
──思えば、1年前は本当に彼に申し訳ないことをしてしまった。
1年前の今日、彼は私に告白のようなものをしてくれたのに鈍感な私はそれに気づかずにスルーしてしまった。
次の日の朝になってやっとあの言葉の真意に気づいたけど、もうその頃には手遅れで、佐藤くんは私から完全に距離をおいてしまった。
元々、佐藤くんのことは気になっていて、少しずつ仲良くなって距離を縮めていたのに……それまで積み上げてきたものが一瞬にして台無しにしてしまった、
……でも、なんでそんなに回りくどい告白したの?
だって佐藤くんが一言「好き」って言ってくれればそれで全てが上手くいくのに。
──だから今日、ちょうど1年前のあの日の思い出を上書きするんだ。
私から思いを伝えるには少し恥ずかしいから……彼のあの言葉を借りることにしよう。
他の誰でもない佐藤くんなら、言葉の意味は伝わるはず。
──満ち足りた満月を見上げながら、私はそんなことを思った。
「片町さん……どうしたの?」
「ねえ佐藤くん……今宵は、月が綺麗ですね」
「………………」
「………………」
「──片町さん」
「な、なに……っ?」
「──月はいつ見ても綺麗だと思うよ?」
「……なんでそうなるのっっ!!!???」
──このあと、普通に告白して付き合ったとか。