……7月2日(土) 15:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第五章 秘密とは隠して知らせる情報
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ハルカちゃんともまじまじと見比べられる。
……容貌の美醜についての基準がイルカと人間でおそらく違うだろうから、ほんとは美醜の比較で見比べられてるわけではなさそうなもんだという気がする。でも、叡一くんが人間の姿をしているせいで、なんだか人間に対して抱くのと同じ印象を抱いてしまう。
「叡一くん? 聞いてた?」
ということで、失礼とは別のアプローチで返答を促す。
「あ……ああ。もしかして安積さんはなにか前代未聞の大天才だとか、まだ誰も知らないような発見をしたとか、脳みそが複数あるとか、そういう事はある?」
あまりにも無茶苦茶な事を言われて、褒められたの貶されたのかもよく分からない。こういうときは多分、どちらでもない。
「もしかしたら私が大天才って可能性が無いとは言わないけど、学校の成績で言えば普通より良い目ってぐらいだよ。それと、脳みそは数えたこと無いけどひとつだと思う。多分ね」
そして、地球上では他に誰も知らないようなことは、偶然にもいくつか知ってる。
でもそれは言わない。
おいそれと秘密を打ち明けるわけには行かないというのはもちろんあるし、心情的には嘘をつくより黙ってる方が楽だというのもある。これだけだとなんだか心が狭いみたいだけど、私がそういう事を知ってるのは自分の実力とか体質とは関係ないし、なによりそういうのを私よりもっとたくさん知ってるのはハルカちゃんの方だ。私が知ってるのはハルカちゃんに比べたら無に等しい。
「天宮さんは……。いや、遠慮しておこう」
おい、私にだけ好き放題言って、なんで急に遠慮した。理由を言え。
と思ったけど、ほぼ初対面だしここは飲み込んでおく。
叡一くんが私に向ける視線とハルカちゃんに向ける視線の雰囲気が違うのが気になる。ハルカちゃんに向ける視線の熱意が高くて、私に向ける熱意が低いということならわかりやすい。なにしろハルカちゃんはお人形さんのような美少女だからだ。叡一くんはイルカだから人間の美少女に興味がないんだろうという判断も働くけど、これまでの人生で人間以外を相手にしてきたことがほぼ無いので、どうしても人間相手のときの感覚が先立ってしまう。
でも実際には逆で、叡一くんはハルカちゃんに対してはものすごく興味が無さそうだ。
「その……、僕はね、イルカとしてもかなり目が良い方なんだ。それで僕から見ると君たちは……、うーんなんと言えば良いんだろう……。どう言えばいいかなぁ?」
「……いや、私に聞かれてもわからない」
「そうだよね。うん……、コンプレキシティって知ってる?」
「ああ、ユカちゃんから聞いたばっかりの言葉だ、それ」
「ユカちゃん?」
「防衛隊の深山優花子。昨日遊びに来たんだ。TOXが落ちてきてすぐだから、そんな話になったの。この辺はイルカの地図だと危険地帯だってね」
「深山さん! 深山さんにはTOXが来た日に会ったんだよ。キビキビして周りのよく見えている人だよね」
お、優花子を褒めるのか。
見る目のあるやつ。
友達が褒められるとなんだか嬉しい。
「ユカちゃんに会ったのはわかった。でも、コンプレキシティの話をして」
私の意識が逸れてしまうのを抑えるため、叡一くんに元の話の先を促す。
「そうだった。コンプレキシティっていうのは、イルカの目で見えるものの濃度のことなんだ。そのものがなにを意味しているのかは不明なんだけど、僕にはそのなんだかわからないものが他のイルカよりもよく見えるんだ」
「うん」
なんの自己紹介だこれ。
「それがね、安積さんは他の人よりかなり濃い。見たこともないくらいだ。逆に、天宮さんはほとんど無いね」
「はぁ……」
コンプレキシティが濃い? 私が? それって、つまり、どういうこと?
見えもしないから実感もできないし、急にそんなこと言われても感想も持てない。
「つまり、安積さんも天宮さんも不自然なんだ。僕は自分から見えているこれがなんなのかを知りたい。だから教えてほしいんだ。安積さん、君にはなにか特別なことはないかい?」
「いや、私はかなり平凡な人間で、特別なところなんてなにも思い当たらないけど……」




