……7月2日(土) 15:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第五章 秘密とは隠して知らせる情報
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「……ねえ、ハルカちゃん。ハルカちゃんて、空、飛べる?」
「え? 空? やろうと思えばできるはずだけど、数日かかると思う。けど、なんで?」
「うん、あのね。あの人みたいなこと、ハルカちゃんもできるのかなーって思ったから」
私は視線をとどめたまま、ハルカちゃんの目の前を横切って腕を上げ、そちらを指差す。
そこには地上五メートルぐらいのところから庭の荒れ地を見下ろしている人影があった。農業の人なのかだいぶ日焼けしていて、スポーツウェアっぽい半袖ハーフパンツという軽快な格好だ。
地上五メートル、そこに浮かんでいる。
私は見てたから知ってるんだけど、あの人はそこにただ浮いてるんじゃなくて、集落の方からふんわり飛んできた。
「あー、あの飛び方は私には無理だと思う」
飛び方とかあるのか……。
本当に、ハルカちゃんはなにからなにまで予想を裏切ってくる感じがある。
でもそれで思い出した。
そういえば聞いたことがある。イルカは空を飛べるらしい。
今やっと気がついたけど、つまりあれは叡一くんじゃなかろうか。少し距離があるので顔貌の見分けまではつかないけど、背格好の感じとかはたしかに私と同い年ぐらいの男の子だし、だいぶ日焼けしてる感じはリモプレで見た叡一くんの特徴と合う。単に特徴として色黒なだけで、別に農業の人ではなかったな。
それはそうと、あんなところに浮いて下を見ているということはTOXが通った跡の獣道を見下ろしてるんだろうと思うけど、叡一くんはTOXに興味があったりするんだろうか。
荒れ放題で廃墟に見えるもののここは個人の敷地なので、ともあれ声をかけておくとしよう。
「おーい! そこの飛んでる人ー!」
そういって手を振ると、こちらをちらっと見て手を振り返してくれた。
そういうことじゃないんだけどなぁ……。
と思ってたら、改めてこちらに向き直って、降りてきてくれた。
しかもよく見ると、なんか随分な表情というか、かなり険しい顔だ。
近寄ってくると顔もよく見える。
やっぱり叡一くんだな、あれは。
前回の登校日から二週間ぐらい、登校日の直後に転校してきた叡一くんと直接対面するのは初めてということになる。
* * *
「君は、何者なんだ?」
降りてきてさっそくこんな事を言う。結構なご挨拶だ。
「え? クラスメートの安積だよ。安積佐々也。君は叡一くんだよね?」
私が答えると、叡一くんは驚いたのか表情から力が抜け、少し時間を取って私の顔を改めて見直して来て、納得がいったのか柔和な表情になった。
「あ、ほんとだ。これは不躾で失礼しました。これまで学校のリモプレでしか会ったことなかったけど、実際に会ってみると君はなんだかすごいね」
「私が、すごい? 見た目は普通だってよく言われるんだけど……」
正確には『見た目は普通なのに話してみると変』とかそういう感じだけど、後半は今は関係ないので割愛する。
「だとすると、君は天宮さんか……」
「天宮です。こんにちは」
「ところで不躾ついでに済まないんだけど、君たちはほんとに人間なのかい?」
……これはまた直球の悪口。
ユカちゃんぐらいにしか言われないやつ。
本当にユカちゃんは私をなんだと思っているのか、時々地球人かどうか私に尋ねてくる。とはいえユカちゃんのあれは冗談のうちだろう。
あ、いや、叡一くんが言ってるのはハルカちゃんもか……。言われてみればハルカちゃんは本当に人間じゃないんだよな。ついさっきそんな事も考えていた。
でも、叡一くんはあまり親しくない相手だし、事情も複雑だし、ハルカちゃんのことはごまかしておくか。
「私は人間だよ。失礼だな。それより叡一くん、この建物はいちおう私有地というか、ゴジ……、えーとクラスメイトの神指護治郎の家だから、あんまり気楽に上空を飛んだり覗き込まないようにして欲しいって注意しようと思ったんだよ」
「……」
私の発言に叡一くんは答えず、じっと顔を見てくる。
ハルカちゃんともまじまじと見比べられる。
うっ。
ハルカちゃんみたいな美人とあんまり見比べないで欲しい……。
えーとなんだっけ? あ、そうだ。
やーね、失礼しちゃう!
これだ。
って、日頃こんなこと思う機会がなかなかないので、我ながら失礼がり慣れてない。
それに、容貌の美醜についての基準がイルカと人間でおそらく違うだろうから、ほんとは美醜の比較で見比べられてるわけではなさそうなもんだという気がする。でも、叡一くんが人間の姿をしているせいで、なんだか人間に対して抱くのと同じ印象を抱いてしまう。




