……7月2日(土) 15:00
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第五章 秘密とは隠して知らせる情報
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自分の性格のせいで危機感があんまり湧いてこない。
私はそんな感じなんだけど、実はゴジはその辺の感受性が高いので、もうTOXの脅威は去ったはずなのに青くなってしまっている。
確かにゴジは事故現場を見かけると悲しそうにしているし、小学校の社会見学で白虎隊の遺跡を見に行ったときにはその後しばらく落ち込んでいた。
「佐々也ちゃん。なに考えてるの?」
「ん? ああTOXの事、かなぁ?」
「こんなところで?」
「こんなところ? え、うん、まぁ、こんなところか」
家を出て庭を見渡して、その後はけっきょくその場でぼーっと考え込んでいた。
ゴジの家の玄関前、レンガ敷で草の侵食が抑えられていちおう通ることができる小道には昔からベンチが置かれている。いつ座ったのか覚えていないけど、今の私はそこに腰を下ろしてぼーっと草の壁を眺めている形になっていた。
座った記憶自体はある。そういえばベンチが濡れていないか確かめたはずだ。
ただちょっと、どういうきっかけで座ったかとかそういうことは記憶にない。考え事に夢中だったせいだろう。まぁそれはいい。よくあることだし。
「ただぼーっとしてただけ。私のことより、ハルカちゃんどうしたの? なにか用?」
「特に用事というほどの用事があるわけじゃないんだけど、ちょっとお願い事があって」
「お願い? ハルカちゃんが? 珍しい……、いやこの前もあったな。ってことは、また誰かの電波止めた?」
まぁ無いだろうと思うけど、冗談として言ってみる。
そういえばあのときも構えてなにかというときではなくて、ユカちゃんを待っている不思議なタイミングで用件を伝えられたんだった。
「止めてないよ。それに、別に珍しくもないはず。私はこの地球のことを知らないから、なにかしようと思ったら聞かないとわからないことだらけだし」
聞かないとわからないことだらけと言われましても、あれだけ電子機器を自由自在に使えるんだから、いくらでもネットで調べたりできそうなもんだと思うんだけどなぁ。ネット関係の使い方なら、私なんかよりすでにハルカちゃんのほうが絶対に詳しいし。
「うーん、まぁいいか。それで、お願いってなに?」
「その。町に行ってみたいの。賑やかな場所に行きたいというか」
「あ、ああ。そりゃそうだ。じゃあ、もう山の方の観察は良くなったの?」
ハルカちゃんは山に行くのが好きで、学校終わりなんかに見かけないと思うと山に行って動植物を観察しているなんてことがよくある。よくあるというか、実際に付いていったわけでもないし、不意に一人でいるところを見かけたということでもないので本人申告だけど。
「良くなったというか、もともと暇だから単なる観光してるだけだよ。地球ってだけで私には珍しいから」
「え? そういうことだったの? なんか科学的な調査とかじゃなくて、観光? 名所とかでもあるの?」
「名所があるというか、地球が名所なんだよ。地面に草が生えて虫が飛んでるだけでも私にとっては珍しいから、見て喜んでるだけ。私達から見たら地球って歴史の中にしか存在しない惑星だもん」
「なるほどね。……そういえば、ハルカちゃんは川辺通りとかには行ったことある?」
賑やかな場所といわれて、手近で思いつく場所が折瀬のメインストリートの川辺通りだ。
郵便局と床屋と食堂兼おみやげモノ屋と喫茶店(夜は未成年入店禁止になってお酒が出てくる)とお稲荷さん(狐の神様を祀ったお宮)がある。とはいえ、川辺通りに人通りはないので環境音としては賑やかではないんだけど。
「まだない。でも、監視カメラ経由と地図アプリで確認はしたから町並みは知ってるよ」
「うん。そうだ、ハルカちゃんはお店とかお金とか知ってる?」
「それは知ってるよ。同じ概念のものが私の故郷にもあるから。でも、物理通貨は珍しい」
「ここにも電子通貨もいろいろあるよ。……それはともかく、町ね。そういえば今度、迂川郷のクラスメイトたちとハルカちゃんと叡一くんの歓迎会やるって言ってるけど、それで良くない?」
「用事で行くと他のことができなくなるから、先に町に行って確認しときたいのよ。なにしろ、今の私はなにを見ても楽しいみたいなところあるから」
「あー、そうね。そりゃそうだ。じゃあいまから行こうか! いや待て!」




