6月20日(月) 19:35
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一章 宙の光に星は無し
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6月20日(月)
19:35
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先に出たゴジは、家の前のレンガ敷きの小道をすでに半分ぐらい下っていた。
もうかなり暗くなった夜空を見上げても、物語に聞くような月や星はない。とはいえ私達の夜空は真っ暗な深淵につながる穴のような暗がりではない。目立つ光点は夜空にふたつだけだけど、全天ぼんやりとした群青の燐光を発している。夜に出歩くと、その燐光で薄明かりに包まれている感じになる。
両脇のかつて庭だった荒れ地は草の陰で夜空より真っ暗だけど、小道には日中電力を蓄えているソーラーランタンがいくつか設置されており、道を外れなければ足元の明かりには事欠かない。
その中に一つ、ベンチの脇のわかりやすいところに他より少し薄暗いランタンがあって、よく見ると形も少し違う。
それは子供の頃のゴジが出したランタンだ。
実際に使える品物を能力で出せたことに喜んだおじさんが、この間、それまで設置されていたのと取り替えていた。
このあいだ……。
いや、ずいぶん昔だった。幼稚園の頃だったから、十年以上前。
変にずれた時間の感覚がまだ戻ってきていない。とはいえ、今の前後がわからないわけじゃなくて、思い出すときの照準が少しずれているだけ。おそらく寝て起きたら戻るだろう。
そんな事を考えていたら、ゴジが小道を抜けて私が来たのと反対方向、右に曲がった。
大回りでなく小道の方だ。
「そっちから行くの?」
「えっ? あれ? 大回りの方がいい?」
「あー……。ううん、そっちでいい」
なんとなく来た道を帰るつもりでいたから、意味もなくちょっと驚いたのだ。
でも、そんなことをゴジは知らないか。
「聞いてみただけ」
実際、一人でならばより暗い小道の方は通らなかったと思うけど、二人で通るならそっちでも大丈夫だ。
ほぼ荒れ地とはいえいちおう拓けたゴジの家の前、視界は通るし少々の燐光で後ろ姿がよく見える。斜面に入る境目のところからハイキングコースに降りる数十段の土留めの階段の上、そこでゴジは足を止めていた。私があと二歩のところまで近づくと、足音で察したのだろう、ゴジは階段を降りはじめた。私は歩くペースを変えないで後に続く。
ここの斜面はわりと急であまり大きな木も生えていない。土留めの階段も斜面に対して角度がついていて、上り下りをしやすい傾斜に調整されている。階段の周りは灯りも乏しいのだけど、頭上にかかるような木はないから陰にはなっていることもない。暗すぎるということはないから、急がず一歩づつ歩くのであれば、夜空の燐光だけでも危うげなく段差を降りてゆくことができる。
ゴジは終始無言だ。たぶん喋ることがないのだろう。
私はちょっと思いついただけの無意味なことを聞いてみる。黙ってるなら無意味なことでも聞くだけの暇はあるだろうし。
「ねぇ、そうだ。月とか星があったら、夜でももっと明るいのかなぁ」
無意味なだけじゃなくて、脈絡がなくても平気だ。
ゴジは私がこういう喋り方をしてもあんまり聞き返してきたりせずに会話してくれる。
「え? どうかなぁ。月ってあんまりイメージできないんだよ。星はなんとなくわかるよ、イルカが横切ったりする時のああいう感じの光が、空の中で止まってるんだよね? あの光がいくらか集まっても、空が明るくなるとは思わないかなぁ」
星の明るさという言葉で、私はつい先日のことを思い出した。
「おととい見た流れ星はかなり明るかったよ。一瞬だけど、ピカッと光ったときは空の明るさが変わった気がした」
「え? 流れ星見たの?」
「見た見た。コンビニ行った帰りの駐車場で、空に光る点が出たと思ったら、わーっと明るくなった直後に消えた」
思えばこの後、電動スクーターをマウントするのを忘れたんだろうな。それから乗ってないし。
「え、すごいな。すーって流れる感じだった? あんまり流れ星見たことないんだよ」
「あんまり流れてなかったかなぁ? 急に明るい光点が見えて、その光が一気に明るくなっただけだった気がする」
「それは……、本当に流れ星なのか?」