……6月20日(月) 18:45
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一章 宙の光に星は無し
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
「そうだ。明日、登校日だっけ?」
二週に一回の登校日。明日はその登校日だ。
本当は答えを知っているけど、黙ってしまわず、昔のことを言い出さないための質問だ。
「明日は登校日だよ」
ゴジはいちおう答えてくれたが、そのまま黙ってしまった。
相変わらず思いつめたような表情で袋の中の煮物の蓋を見ている。
煮物がそんなに好きか……。記憶にある限り、ゴジのおうちでは焼き菓子とかオーブン料理とかよく作ってたから、ふきと厚揚げの煮物がおふくろの味とかお父さんの味ってことはなさそうなもんだけど……。
神指のおじさんが作ってくれたドライフルーツ入りのでかクッキー、美味しかったな……。
いやいやいや、いけないいけない。
今日は人生の中での今日の時期を間違えてるみたいだ。
私はときどき自分でも驚くような思いがけないことを間違えるけど、まさかそんなことを間違えるとは。でも、思いつくすべてのことが高校生の今のことじゃなくて小さかった子供の頃の思い出になってしまう。
思い出話をしたい日ならそういうのもいいんだけど、今日は煮物届けに来ただけなのに。どうにもおかしい。
……もう煮物も届けちゃったし、帰るか。
「佐々也……、あのさ……」
「じゃあ、私はそろそろ帰……あれ? 今なんか言った?」
「いや……。いいんだ。そんなことより、煮物ありがとうっておばさんに伝えといて。佐々也も持ってきてくれてありがとう」
「自分で言うのにゴジがうちに来てもいいんだよ? ご飯食べに来てもいいし」
「通学路の途中だからおばさんにはよく会うし、ちゃんとありがとうって伝えてるよ。ご飯に呼んでもらうのも嬉しいけど、なかなかそういうわけにもいかないからなぁ」
「うーん」
どっちも前に聞いたことがある説明だし、だいたいその通りのような気もするので、あんまり意味のある返事を思いつかないので唸ってみた。
「見送るよ。じゃ、行こうか」
そう言って、ゴジが私の背中に掌を当てて軽く誘導してくる。
向きを変えるのに回り込む必要があって、片腕で半分ぐらい抱え込まれるような体勢になった。そういう体勢なだけど実際に押されているわけでもないし、それどころか掌だけがほんの軽く触っているだけなのになんとなく圧力を感じるような気配があって、ついつい誘導に従って向きを変えてしまう。概ねの意向として確かに帰ろうとしていたところだから、特に抵抗する意思もないし。
しかしなんというか、こういう体勢になってみると、うちの護治郎ちゃんも大きく育ったんだなぁという気持ちになってしまう。そう言おうかなと思ったけど、なんか斜め後ろぐらいに顔があるのかと思うと上手く喋り出せる気がせず、黙ってしまった。
そのまま玄関に向けて廊下を歩く。
この感じ、なんなんですかね。
嫌な感じではありませんが、自由に行動できない感じというのか。
数十秒ぐらいそんな感じで黙々と歩いて、玄関ホールに来たところでゴジが私の後ろに回していた腕を解いて、すっと前に出た。
はー、やっと息がつける。
嫌だとかそういうことはないんだけど、ああいう体勢になってしまうと喋り始めたりする前に何事も整理が必要というか、不規則な緊張感が発生するというか、いろいろとある。
もう少し距離が長ければ、なにか取り留めのないことを喋ってただろうとは思うけど。
「ああ、もう暗いな。あれ? 佐也は今日はバイクじゃないの?」
玄関のドアを開けて、門の外の方を覗いてみたゴジが聞いてきた。
「スクーターが充電切れだったんだ」
「……じゃあ、送るよ」
ゴジが靴を履いて玄関から出た。支えを失って玄関の扉が閉まってしまう。
私のためにドアを開けてくれたんじゃなかったのか……。
別に自分で開けられるんだから文句もないけどね。
私も靴を履いて出る。
言葉通り、外はもうすっかり暗い。