……7月1日(金) 16:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第四章 大きくて小さい子・大きいけど小さい部屋
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下からハルカちゃんが退いたことを確認して、私も靴を履いてはしごを降りる。
私はどうにもどんくさいので、はしごを降りたりするのもけっこう怖い。怖いけど、好奇心が勝ってしまうので、そんなに嫌じゃない。
「大丈夫、佐々也? ちゃんと握らないと落ちるわよ」
「流石にはしごぐらい平気だって」
上で見ているお母さん――本当はユカちゃんだけど――から、心配の声を掛けられる。
まだ慣れたというほどの回数は上り下りしていないし、たぶん私は慣れたような気分になったら転げ落ちるんだろうと思う。自分で言うのも悲しいが私は転げ落ちる側の人間だし、このはしごから転げ落ちるとしたら他の誰でもなく私だろうなという事に確信はある。
そういう意味では、このはしごはそんなに高くないので落ちてもせいぜい大怪我、悪くしても死ぬところまでは行かなそうという安心感があると言えばある。もちろん運悪く大怪我をする可能性だってあると言えばあるけど、それならば道を歩いていて落ちてきたTOXにぶつかる可能性だって無いとまでは言えないし、車に轢かれる可能性だってあると言えばある。
私がはしごを踏み外す可能性は、道を歩いていて車に轢かれる可能性より高いような気がする。でも大怪我をしてしまう可能性は、TOXにぶつかる可能性よりは高いだろうけど、車に轢かれる可能性よりは低いだろうと思う。
多分……。なんの根拠もないけど、おそらくは。
はしごを降りるより(多分)危険な道路を普段から上の空で歩いてるんだから、はしごを降りるぐらい、この私にとっては恐れるほどのこともない。そこは勇敢に立ち向かってゆきたい。不退転の決意で決然とはしごを降りてゆきたい。
そんな事を考えている内に、今回はいつのまにか一番下に到着していた。
降りたところで上で心配そうにしているユカちゃんに手を振る。
「なんであんたははしごを降りるだけでそこまで危なっかしいのよ……。上の空で、またなんかアホなこと考えてたんじゃないの? そういうところ治さないといつか怪我するんだからね」
なんだよ口うるさいなぁ。
たしかにアホなことはを考えていた。いたけどさぁ……、そこまで言わなくても……。
なんというか、お母さんから小言を聞かされてるような気持ちになるけど、あれはあれで心配してくれてるからの言葉なので、気を悪くするのは止めよう。
「ユカちゃんならもっと簡単に降りられるから大丈夫だよー」
「まぁそうでしょうね……」
私は言うだけ言ったらユカちゃんの言葉を聞かないふりをして、少し屈んで横穴に入ってゆく。私なんかは膝を屈めれば歩いて入れるんだけど、ゴジは背が高いから体全体を折り曲げないと通れない。以前、厨房でゴジの頭に土がついているのを払ってあげたことがあったけど、思えばあれはここを通った時に付いたものなのだろう。はるか遠い過去のようにも思えるけど、あの時からまだ半月も経ってないのか。この間に私は、ハルカちゃんに出会い、ゴジの家に映り住み、TOXが折瀬村に落ちてきて、窓ちゃんが戦っているところを見て、幹侍郎ちゃんに出会った。あまりにも色々あったなぁ。
それはそれとして、横穴は意外に傾斜のある下りでところどころちょっとした階段状に地面がくぼんでいる。ここを屈んで歩くのはつんのめりそうで少し怖い。ぼんやりしていると転ぶので、さすがに上の空のプロの私でも足元に集中して歩く。
でも屈まなければいけないのはほんの数歩で、その先に隠し扉がある。
防衛隊の調査の時には隠していたけど、いまは開いている。
扉の先は三段ほどの下り階段。
階段の周りとその先の通路は床も壁も天井も金属製でそれから明かりもあって整然としている。
金属製の通路は宇宙船の中みたいな気分になるので、なんかちょっとテンションが上がる。
このまま進めば目的地になるんだけど、ゴジもハルカちゃんも行かずに後続を待っていた。
私も振り向いて待つ。
「なにここ……」
追いついて来てこの金属の通路を見たユカちゃんの第一声がこれだった。
「こんなものどうやって作ったの……。しかも、どうやって隠したの……」
ユカちゃんは呆然としている。
そりゃまぁそうだ。私だって最初に見たときは驚いた。
「僕の能力だよ。知ってるだろ?」
「ああ、あの使えない機械を出す……」




