7月1日(金) 16:30
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第四章 大きくて小さい子・大きいけど小さい部屋
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7月1日(金)
16:30
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地下に行くための入口は、窓ちゃんがTOXを倒した廊下の奥の部屋の中にある。
そこは食堂――いや、会議室って呼んでるんだった――と厨房の間の廊下の突き当りの一番奥。六畳程度の板張りの床と四畳半の畳張りの上げ底が仕切りのない続きになっていて、なんだか旅館の客間みたいな作りになった部屋だ。
私は昔からこの部屋がちょっと好き。
実はこの部屋は、その名も「使用人部屋」という。実際に神指家が使用人を雇っていたこともなければ、使用人部屋という目的で使われたこともないのに、そんな名前だ。
おじさんから昔聞いた話によると、館を建てるときの参考資料にあったから作った部屋だそうで、別に神指家に使用人が居たわけではないから、最初っから名前だけの存在だった。名前だけそんなで、基本的には仕事部屋というかワークスペースとして使われていた。
間取り的には奥まった場所にはあるんだけど、畳のおかげで妙に居心地が良い。
居心地がよいせいで、ゴジも一人になった当初はここに住んでたんだそうだ。
正気に戻ってから、床下に穴が開いてしまったせいでリビングに住み替えたんだとか。開いてしまったもなにもお前が掘った穴だろうがみたいな部分はあるんだけど、正気じゃなかった理由が……(以下略)。
いまは、四畳半の畳が上げられ床板も穴が開いている。床板の穴から五〇センチぐらい下の床下の地面に、直径一メートルぐらいの穴が掘られている。
直径一メートルということは『四畳半の半畳部分が全部穴』みたいな感じだ。深さはおよそ三メートルちょいで、私の身長にして二人分よりすこし高いぐらい。そこに、ホームセンターで売ってるような金属製のはしごがかけてある。
上からは見えないけど、穴の底の部分には屈んで通れるぐらいの横穴がある。
あと同じく上からは見えないけど、床下の地面の穴の周りには土嚢が積んであって、隙間風や雨水があんまり盛大に入り込まないような工夫までしてある。
「あっ、噂の穴だ!」
奥の部屋に入った時、ユカちゃんがそんな事を言いだした。
「噂のって、噂になってるの?」
私は驚いてしまった。噂になるのは望ましくないんじゃないかな。
「え? 噂にはなってないよ。窓を迎えた時にもなにかと思ったし、防衛隊の報告書にも書いてあったから、私が気にしてただけ」
「報告書には書いてあるのか……」
それはそうだろうけれども。
実は、防衛隊の人の現場確認の時には私も立ち会っていた。防衛隊の人も、ずいぶんこの穴を気にしていたから、防衛隊の人たちがこの穴にだいぶ注目していたことも知ってる。
そもそも、家の中にこんな穴が開いていたら、別に防衛隊の人じゃなくたって気にする。
ゴジはこの穴の説明に苦労していたんだけど、ゴジ自身の能力について説明して納得してもらっていた。
「で、この部屋がなんなのよ」
「その穴だよ。この奥に行くの」
穴の横の畳を上げたコンクリっぽい床面に靴を置く。
ゴジは用意よく、部屋の中に穴に降りて行く用の靴を置いている。
「この穴、なんにもないんじゃなかったの? 防衛隊の報告書には穴の下には特になにもないってなってたけど」
「……防衛隊には隠してたんだ。ほんとはこの先に幹侍郎が居る」
ユカちゃんが怪訝そうな表情をする。
まぁねぇ、家の中に結構大きい穴が空いていて、そこに降りていくとか、いきなりされても意味分かんないよね。冷静になってしまわないよう、ここは勢いが重要。
ユカちゃんはしばらく立ったまま考えていたけど、思いついたことがあるらしくて口を開いた。
「地下牢……」
「違うよ! ……あ、いや。たいして変わらないのかも……」
ゴジはさっさと靴を履きはしごを降りつつあったがユカちゃんのつぶやきに答えた。最後のところは隠れてしまって表情も見えなかった。どんな顔をしていたのか。
「じゃあ次は私。護治郎くん、どいて」
「あいよ」
ゴジの返事を聞いて、穴の中の様子を伺ったあと、ハルカちゃんはふわっと身体を浮かせて、垂直に飛び込む。
「なにあれ? 正気なの?」
ユカちゃんが驚いて、割と不穏当な発言をする。
「あーほら、彼女、痛みとかない感じだから」
「服だって汚れるし……」
「だからあれは服じゃないんだってば。まぁ、汚れはするんだろうけど」
「表面の分子構造に凹凸があって、汚れが簡単に付着しないようになってるよー」
穴の下からハルカちゃんの声が聞こえる。
「……だってさ」
下からハルカちゃんが退いたことを確認して、私も靴を履いてはしごを降りる。




