7月1日(金) 15:45
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第四章 大きくて小さい子・大きいけど小さい部屋
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7月1日(金)
15:45
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二階、ハルカちゃんの部屋に来た。
私の部屋の隣で、元は客間だった部屋。
いまでも客間ではあるんだと思うけど、泊まりに来るお客さんなんて居ないだろうから、多分に名目上の客間という感じは強い。
いや、私達がお客なのか?
そうかもしれないとしても、実感としてあんまり客だという意識はない。
「ハルカちゃん? ユカちゃん達が来たよ」
一応ノックをして、部屋の前から声をかける。
デリカシーというやつでもあるし、未だ正体が理解できているとは言えない未知の存在がするかもしれない異常行動に対して、危険を避けたいという気持ちが無いでもない。
いや、まぁ、ここ一週間ばかり一緒に過ごしてきて、もはやハルカちゃんに対して警戒はいらないだろうとは思ってる。未知なのには変わりないけど、悪意でこちらを害してくる性質なことは確信している。とはいえ未知ではあるので、不意の事態に思いも寄らない思考上のつまづきが発生する場合があって、思考が選考する私にはそういうのがべらぼうにしんどい。
要点をまとめると、顔を出さないで呼び出されるなんて普段と違う感じだから、ハルカちゃんの方にも事情があるかもしれないので念の為にノックをして不用意な場面に出くわさないようにしているという感じになる。
「佐々也ちゃん、待ってた。ちょっと入ってもらえる?」
え? なに?
人間の形に戻れなくなったとかそういうやつ?
という冗談を思いつくだけで言わずに済ませ、できるだけ気軽な感じでドアを開けて部屋に入る。
「はいはい。どうしたの?」
ハルカちゃんはこっちを向いて立っている。
着てるのはいつもの制服。
いつももなにもハルカちゃんは他に服を持ってないというか、服を着た形で固定されてるというか、先日聞いたところによるとあれは服じゃなくてハルカちゃん自身の表面らしい。服を着た状態で成形されたフィギュアっていうのがあるけど、ハルカちゃんの服はそういうのと同じということらしい。そういうフィギュアの服は硬いけどハルカちゃんの服は布と同じぐらい柔らかいから、動きがなくて普通の服じゃないのがバレちゃうみたいなことはない。
以上、本人から説明されただけで脱がせてみたとかの確認まではしてないんだけど、仮に確認のために脱がせてみたらなんか出てきちゃうみたいなことにならないとも限らず、それは嫌なので疑問を解消する予定はない。
服だろうと表面だろうと個人の自由のような気もするし。
『個人の自由』の範疇か?
いやこれはいいか。この辺――つまりハルカちゃんがどれくらい人間と同じでどこが人間と違うのかみたいなこと――は、追求するとキリが無くなる。長く付き合うならいつか追求する必要が出てくるかもしれないとしても、服を着替えられるかどうかという愚にもつかない疑問をきっかけに追求し始めるような問題ではないと思う。
とりあえず今のところ、眼前には知ってるハルカちゃんが居て、まずはホッとした。
少し待っても、口を開かない。なんとなくためらうような、もじもじしているような気配があるので改めて水を向けてみる。
「それで、どうしたの?」
「あの……、電波のことなんだけど……」
「電波? ああ、携端の? ゴジの家の電波状態が悪いとか聞いたことないけど、ハルカちゃんから見たら意外と電波が悪いみたいな感じなの?」
ぼんやりしたイメージにするとハルカちゃんは機械人間みたいなもんのようから、きっといっぱい通信を使ってるのかもしれない。そう言われたらそれはそれで納得できる感じはする。前半が誤認で後半は誤認に依拠する推測だから無内容な推論のような気はするけど、日常生活上の一時的な納得っていうのはそういうものだ。
「え? 業者と契約してないから私はいまは私個人で業者の通信回線は使ってないよ。時々、いっときだけ乗っ取って使ってる時もあるけど」
「はぁ……」
推論が適当だったとはいえ、すべての面でことごとく予想を覆されてしまった。
なんというか、なにもかも予想するだけ無駄という感じである。
……まぁ適当なイメージだから、推論というほどまとまった考えではなかったけど。
「じゃあなんの電波なの?」
「お客さん……深山さんの、これは……防衛隊用の携端なんだけど……」
「うん」
「位置情報とライフログ用の抜き取り録音記録で常時通信していて……」
随分詳しいね、なんでそんなこと知ってるの? もしかして地球長い? と聞いてみたい気もしたけど、そういえば最初っから他人のダイメに割り込んできたりしていた。機械人間だから、他所の機械がなにをやってるかなんとなくわかるとかなんだろう。
いや適当だけど。それにしてもハルカちゃんはやっぱり計り知れない。
「……まぁ、防衛隊ならそういうこともしてるだろうね」
「私の身元の話とか、幹侍郎くんのこともあるから、この通信を今は私が遮断していて……」
「遮断っ!? ……あ、うん続けて続けて。で、遮断していて?」
なんか猛烈にきな臭い。
「ただ遮断すると怪しいから、ハイキングコースの方に登っていく欺瞞情報を作って流してるんだけど、一応それを知らせておこうかなと……」
えぇ……。やっぱりか……。




