……6月20日(月) 18:45
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一章 宙の光に星は無し
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「びっくりしたー。……なんの煮物?」
「ふきと厚揚げだってさ」
「おぉー。美味しいやつだ」
そう言って、ゴジは袋の口の開いたところからじーっと煮物の入れ物の方を見ている。
保存容器の蓋を開けないと中の煮物は見えないんじゃないかなという気もするけど、たぶんぼーっとしてるだけで煮物の様子を見ながら思い詰めているわけではないのだろうと思う。なんで急にぼーっとしはじめるんだという気もしないことはないけど、私は突然ぼーっとし始めることにはついてはかなり理解のある方だから分かるけど、別に理由はない。少なくとも私はそうだ。相手が気安いときにはそういうこともよくある。そっとしておこう。
……。ゴジが俯いてるおかげで頭の上の方がよく見える。ゴジの背が高くなってからはこの距離感ではなかなか見かけることがなくなった部位ではあると思うと変な感慨が湧いてきた。そんなところを見ても特に面白いわけじゃないから、見えなくても不便はないんだけど。
あっ。
「あんた、髪の毛に土が付いてるよ。どこでこんなの付けてきたの?」
言いながら、私は調理台のそのへんに置いてあったキッチンペーパーを手に取った。
「え? 髪の毛に土が付いてる? なんでだろう。今日は家にいたし……」
「植木鉢に頭突きでもした? ほら、取ってあげるから屈んで」
「えっ、いいよ。自分で取る」
そう言ってゴジは自分の手で髪の毛をパッパと払うけど、取れなかった。
「取れてないよ。見えないんだから、ほら、お姉ちゃんに任せなさい」
「お姉ちゃんって。同い年だろ」
「まぁほら、幼馴染なんて姉弟みたいなもんだしさぁ」
「だとしたって、誕生日だったら僕のほうが先なんだから僕が兄じゃない?」
そう言いながら、ゴジが実際に屈んで頭を見せてきたので、キッチンペーパーで土を取ってあげた。たくさん付いてるというわけじゃないけど、多少湿気のある赤土で、植木鉢ってわけでもなさそうだ。なにがあったら家に居るのに頭に土がつくのかわからない。
「男女同い年だったら、女子のほうが三歳ぐらい精神年齢高いらしいから、あたしがお姉ちゃんだよ」
「精神年齢〜? 僕から見たらいっつもアホなこと言ってる佐々也の方が子供っぽいけどな」
「アホじゃないし。あたしはいつでもロジカルだよ。……よし、取れた。んー」
かがんでるゴジの頭を覗き込んで、反対にも土がついてないのを確認する。土を払ったキッチンペーパーを捨てようと思うけどこの部屋のゴミ箱はちょうどゴジの向こうだ。その場で上半身を半歩そっちに寄せてから腕を伸ばし、ゴジの頭越しでゴミ箱に捨てた。
体勢を戻してみてもゴジがまだ屈んで頭を見せたままだったので、ポンポンと方を叩いて終わったよ、というのを伝えた。するとゴジがもの言いたげななんとも言えない表情のまま顔を上げた。
なにか言いたいのかなと思って顔を見ていたら「横着だなぁ」と、ため息をつきながら言われた。
え? なにか横着したっけ?
私から申し出たとはいえ、どちらかで言えば頭の汚れを他人に払ってもらったゴジの方が横着じゃないかと思う。流れ的に考えると、ごみ捨てのことを指して横着と言っているのかもしれないけど、手に持った紙くずを放り投げずにゴミ箱まで手を伸ばして捨てたのは私としては丁寧な方だ。
もう少しなにか言うかなと思って少し待ってみたけど別になにも言わない。
賑やかで口数が減ると気にかかるタイプの人というのが居るけど、ゴジは別にそのタイプの人ではない。口数が少ないなら、黙ってぼーっとしてるか黙ってなにか考えてるんだろう。
なんというか、黙ると心配されるのはどちらかといえば私だ。特にすごくおしゃべりというほどでもないのに、なんでそうなるかは不思議なんだけど。
逆にいまここで私からなにか言うことあるかなーと考えてみても、さっきからずっと子供の頃の思い出がつい出てしまいそうになっている。突然思い出して、亡くなった人の話をするのは悪いことじゃないけど、今、ゴジに、なんとなく持ちかけるのには残酷すぎる話題だと思う。まだご両親が亡くなって一年。誰とも顔を合わせず引きこもっていたのをやめてから、まだ半年しか経っていない。
いつかゴジが、自分から何気なくご両親のことを話す日が来ると思う。
その時まで、私から言うのはやめておこうと決めている。
だから口から出すのは別の話。
「そうだ。明日、登校日だっけ?」
二週に一回の登校日。明日はその登校日だ。
本当は答えを知っているけど、黙ってしまわず、昔のことを言い出さないための質問だ。