6月24日(金)21:01 TOX襲撃、一分後:叡一
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第三章 降下してくる危機が近づいてくる日々
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6月24日(金)
21:01
TOX襲撃、一分後
叡一
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「イルカは空を飛べるからね。大丈夫、TOXに攻撃されたりはしないよ」
魁の制止を振り切って、出てきてしまった。
まさかこんなに早くTOXの沈没を間近で見ることになるとは思ってなかった。
実のところ叡一は、この村の近辺で異常に高まっているコンプレキシティの源を確認するためにやって来た。だから早晩なにかあるだろうということは予測をしていたし、むしろそれが目的でここに来たのだ。
とはいえ、自分が到着した翌日にもう襲撃が来るというのは早すぎる。
いい機会かもしれないけど、ちょっと都合が良すぎる。しかも、今後の目星がつき始めてもいないのに事態が動いてしまった焦りも感じている。下調べをして、来るのを待ち構えるという体勢でいるところに襲撃が来ることをなんとなく思い描いていた。
叡一の属するイルカにとっても、TOXの個別の行動の意図などはわからない。そしてイルカもTOXたちと意思疎通する手段は持っていない。
現在のイルカは人工(主体は人ではないが)的な種族だ。惑星間航行の能力を与えられ、ダイソン球中のそれぞれの惑星に住んでいる全ての種族とそれぞれコミュニケートできる能力を与えられ、そしてもうひとつ、知性作用を物理現象として見ることができる特別な視覚を与えられた。そのイルカを今の姿にしたのが誰だか分かってはいないが、おそらくTOXを地球に送り込んでいるのと同じ『高階者』によるものだろう。
しかしながら一方で、イルカはその『高階者』から目的や命令などを与えられているわけではない。
なぜイルカにはこれらの力が与えられたのか、それを通じて『高階者』の思惑を探ることはできないか。生まれたままの姿では生きることのできない世界で生きることに適した姿に変容させられ、意味もわからず明晰な知性を与えられたのはなぜか。それを調べてイルカの生命により良い意味をもたせたい。それが階梯上昇主義者である叡一が自らをもって任じている使命である。
階梯上昇主義はイルカの中でも異端だ。
『高階者』信仰は抑圧されている。
だから叡一は、コンプレキシティの高いこの場所を狙ってわざと地上に沈没した。このやり方ならば、高階者について直接に語ることをせず、関連がある怪しい場所を調べることができると考えた。
その思惑で留学を予定していたのは本当だが、先日急に高まったコンプレキシティに異常を嗅ぎ取って、焦れてしまい強行手段に出たのだ。
叡一は自分が何を見ているのかを正確に理解しているわけではない。見えるものは見えるというだけだ。その『コンプレキシティという名の何か』、人間は感知できない『何か』を、叡一は他のイルカたちよりも鋭敏に細密に解像度高く感じ取ることができる。
総体としての分解能が並から抜きん出て高いという程ではないのだが、微細な兆候を見逃さずに捉えることが得意だ。
叡一はその『コンプレキシティと呼ばれる何か』のことを、知性の活動の痕跡であると見ている。人間やイルカはそれを発生させ、TOXにはそれの痕跡のみがあり、コンピュータにそれは存在しない。それがなにかといえば、おそらく知性の活動だろうと予測している。
物理的な活動のいくつかのものは熱を伴い、人間の目では肉視できなくとも存在し、赤外線などでその痕跡を確認できる。知性の活動にも可視光で目撃できない物理的な影響が存在し、イルカはそれを赤外線視力のように感知できるのだろう。叡一は個体差程度の理由でその感知能力が高いのだろうと自分では思っている。長波の感が良く遠方の状況把握に長けた者や、微細な重力から方角を割り出すのが得意な者たちがいるが、その類だ。
ダイソン球の中心にある新太陽を取り巻く陽炎、叡一はそれがなぜ見えるのかを知らないが、その陽炎は高い温度を意味するのであるのだろうと理解している。それと同じように、叡一はコンプレキシティがなにかを知らないが、おおまかにそうしたものだと理解している。
そして、TOXの襲撃場所はコンプレキシティになんらかのやりかたで関連している、栄一はそう確信している。