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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第一章 宙の光に星は無し
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6月20日(月) 18:45

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第一章 宙の光に星は無し


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6月20日(月)

     18:45

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「おーい、ゴジー! 来たよー!」

 玄関の呼び鈴を鳴らして、大声で呼びながら返事を待たずにドアを開けて入ってしまう。ゴジが引きこもりだったときからこうしているのだ。

 入ってみると、神指邸の玄関はなかなか感動的だ。

 ドアを入った部屋が吹き抜けのホールになっていて二階への階段や奥への廊下なんかがある。吹き抜けの上部に大きな窓があって、外の光を大いに取り入れていて昼なら明るい。今は夕方だから暗いけど、それでも頭上に暗黒空間ではなくて、暗くはあるけど窓から入る光で壁の見える透明な闇という感じだ。

 洋館だから上がり框とかそれに類する段差とかはない。ホール全体は絨毯敷なんだけど、入口付近は大理石が敷いてあって、この家を建てた神指のおじさんの表現によると、そこが建築様式と生活様式の妥協点になっているんだそうな。これを聞いた子供の頃はなにか難しい話だと思ったのだけど、今になって思い出してみればなんのことはない、つまり建築様式としては洋風の家だけど絨毯との境目で日本の生活様式に合わせて靴を脱ぐことになっている、という文字通りの意味だ。

 屋内はハウスキーピングのミニボットが埃をはらう位のことはしてくれていてかなりマシな感じなので、いまでも靴を脱いで上がるのに抵抗はない。私はさっさと上がって厨房の方に向かう。

 幼い頃には何度も上がらせてもらった家だから、ゴジの部屋とかどこに居そうかということもわかるんだけど、急に訪ねて来ているには違いないので探しに行くのは止めるようにしている。私も彼もお年頃なので、プライバシーを大切にしていきたい。探しに行く代わりに携端にダイレクトメッセージで来たことを伝える。

 厨房に行ってとりあえず調理台の上に持ってきた煮物の袋を置く。

 厨房、つまり部屋になった大きな台所なのだけど、別に居使用人が居たわけでも、たくさんの客さんを招いてパーティーみたいなことをしていたわけではないので、実のところ標準より大きい冷蔵庫と大きい流し台と大きい調理台と大きい戸棚があるみたいな部屋だったりする。調理台がわざわざ独立して存在しているのは珍しいかもしれないけど、特段有効利用されているわけでもなく、今はそこに小さい椅子と割り箸の袋と醤油やソースの瓶がおいてあって、ゴジは多分この調理台の上でご飯を食べてるんだと思う。冷蔵庫も近いし一人ならそのほうが便利なのかもしれないけど、こんな広い家なのにこんなところで一人寂しく食べてるのかと思うとちょっと悲しい気持ちになってしまう。

 ……悲しい気分になるつもりで来たわけではないので、ここは頑張って気を取り直そう。

 えーと、厨房というのは普通ならばお客さんとしてはあんまり馴染みがない場所なのかもしれない。幼い頃からよくこの家と行き来をしてゴジと一緒に遊んでいたから、私はこの部屋でジュースを貰ったり、虫のあげる餌に野菜くずを貰ったりで、なにかと思い出がある。大きくなってからは昔ほど一緒に遊んだりしなくなってきて行き来も少なくなったけど、それでも神指のおばさんは実の母を除くと一番親しかった大人の女性だった。

 あ、いや、これは少しも気を取り直せていない。まずい。

 しんみりしに来たわけじゃないのに。

「おーい、ゴジー。出てきてよー」

「来たけど?」

 厨房の入り口からゴジの声がした。

 なにかのとき、おばさんと話していてゴジが厨房に入ってきた時があった。そんな既視感をおぼえながらそちらを向く。子供の頃、世の中にある扉は全て今よりも広かった。戸口を通るときには、頭上に自分の身長と同じぐらいの空間があった気がする。私も、ゴジも。

 そちらを見ると、地味な色合いの襟付きのポロシャツとチノパンを着たゴジがいた。戸口にいるゴジは幼い頃の記憶よりだいぶ大きい。

 戸口の広さと比べると、記憶の中の神指のおばさんよりも背が高くなっているのが視覚的にもわかる。もしかしたらおじさんよりも大きくなったかもしれない。亡くなる前、最後にゴジとおじさんが並んでいるのを見たときは、まだおじさんのほうが背が高かった記憶がある。

「一七五センチだっけ?」

「僕の身長? 一七七だよ。佐也は一五三だっけ?」

「私の身長はいいんだよ。いやあ、大きくなったんだねぇ」

「大きくなったって、このあいだ学校で会った時と変わらないよ。なにを言い出すのかと思えば……、ババくさい」

 昔のことを思い出していたから、小さい頃のゴジとつい比べちゃっただけなのに、なんという暴言。

「ババァじゃな……。いや……。ほら護治郎や、ばぁばが煮物作ってきたからお食べよ」

 昔を思い出して、亡くなったご両親と君の背を比べてたんだよと伝えるのは、事実であってもさすがにデリカシーが無さすぎるだろう。だから変な冗談を言ってごまかしておく。

 一旦は調理台の上に置いた袋をまた取り上げて、ほいっとゴジに引き渡した。

「えっ!? 佐々也が作ったの?」

「いや、作ったのは母。あたしは料理しないよ」

「びっくりしたー。……なんの煮物?」

「ふきと厚揚げだってさ」

「おぉー。美味しいやつだ」


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