あとがき §下書き原稿の話と、本番原稿の間にした事。
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
あとがき
下書き原稿については、全十四章、およそ五十万字。二〇二〇年八月から、二〇二二年の八月まで、二年かかりました。使用したツールは Google Documents です。もうちょいマシな文章用のツールがあるだろうという気もするんですが、実は ChromeBook を持ち運んで作業していて、既存のツールに詳しくなかったのと、Documentsはオートバックアップがいちおうついていて、事故的な文書破壊にそこそこ強いというのが主な理由です。
良いツールあったら教えてください。
そういえば「辻褄合わせと見直しをしない」ようなことを言っていましたが、実際の作業としては「次の章の終わりまで書いてから、前の章の辻褄合わせをちょこちょこやって公開」という手順で作業していました。
お話のあらすじ部分の辻褄合わせというより、出入りの道順とか家の構造とかこの場で〇〇を知ってるのは誰と誰とか、そういう小さい辻褄合わせが中心でした。なんだかんだこういう調整は必要でしたし、前後一章ぐらいで調整できる感じです。
稀に調整できない場合があって、そいうときは準備原稿の中にメモを残してます。
そうそう、こういう「作中にメモを残したいけど、本文には反映させたくない」場合、自分は、改行して文頭に「★」を入れて視認性を上げていました。★←これ、見直しの時とかに便利なんですよ。普通の文字ってこういう『塗りつぶされた場所』は無いのが普通なので、一瞥して異常であることが発見できて完成品にうっかり残したりすることを避けやすい、という良さがあります。……完成品一発書きできる人には必要ない小技ですけど、こっちは「プロットの作り方が分からない」みたいなところからやってますので、無骨な小技も重宝するんです。
そして下書き原稿が出来上がったので次は本番。とは行かず、ここでけっこう色々な準備をしました。
まず「プロット」っていうのが分からないから下書きを削ったらそれが出てくるかもという理由で下書き原稿を完成させたみたいな所がありますので、じゃあ実際それをやってみようかな……と思ったのですが、削るってどうやって? もう既に十四章もありますよ?(前述しましたが、この時は文字数としては何字なのか知らなかった)
ということで、そんな事はできず諦め。
とはいえ下書きでは適当にやっていた日数の管理がどうしても必要だというのが判明していたので、下書き原稿を手元に置きながら作品用のカレンダーを作成しました。何曜日的な部分と、ここには数日時間が空いてて的な部分なんかをいろいろ調整し、初日が何月何日であるかがここに来てようやく判明するという事態になりました。
どちらかというと、そもそも日付を設定する意味があると思ってなかったんですが、調整しようとしたら学校の休日とか行事とかアレの予報とかで意外に厳しい調整が必要になり、ピンポイントで何日という指定ができてしまうことに気がついた感じです。
これは目次を見たら一目瞭然なのでネタバレには含まれないですが、本作で各ページのタイトルとして一貫して日付が用いられているのは、ここで作ったカレンダーのおかげです。
仕様上、目次の項目になっている文字列が無いと投稿できないんですが、それに困らずに済んだのはかなり助かりました。
そこで実際に投稿しながら作業するとなると、本番原稿前にしなくちゃいけないことがまだあります。
適当に付けた仮の名前の付け直しと、適当に付けたタイトルを正式なものにしないといけないのです。命名って苦手な作業ではあるんですが「この先どうなるか決まってるんだから、『無』の時よりかなり作業がしやすい」のです。
まず村の名前をつけました。
初は名無しで行くつもりだったんですが、下書き原稿を作成してみると、案外長い間登場するし、情景描写もけっこうしてるし、なんなら簡単な地図が要るような状態になりました。作者としても村に対する思い入れができてしまったので、だったら名前はあったほうが良いなと。
地図こそまだ作ってはいないですが、川辺の公園で話し込んだりという部分は書いてますので、「曲がった小川がある村」であることは判明しています。更に言うと、実在地名を使うと無用な文脈が生まれてしまうので、地名を創作する必要があります。
ここで本当に一週間ぐらい悩みました。
悩んだ末、とりあえず検索で丸被りする村名のない「迂川」と「折瀬」という二つの候補を作成し、村に流れているのは小川なので「瀬」の方を採用して「折瀬」にしました。とはいえ「迂川」の方も割と惜しいと感じるぐらいには虚構性とありそうさが併存する良い名前なので、下の町の名前ということにして、ついでに行政区分上は郡部の「迂川郷村の字折瀬」集落ということにしました。妙にまとまりが良くなってしまった。(※脚注)
なにか上手い具合にきっちりはまって、こういう時は嬉しいもんです。登場人物とかの命名に関しては、作品の出来不出来に限らず「成功」を感じる場合があったりしまう。
本作ではそういう名前は二つあるんですが、この『迂川郷村字折瀬』は成功したなと感じた名前の一つです。
この時に、登場人物の名前の見直しもしました。
特に成功も失敗もない名前として『護治郎』という登場人物が居るんですが、この頃には彼の苗字は『燧』だったんです。『燧』というのは福島県のどこかの地図を見て、かっこいい文字を拾っただけのいい加減なものです。
でもこれが『燧護治郎』になってしまうと、鬼を殺したりする感じの人気マンガの主人公の名前のエッセンスにどうにも近すぎる気がして気になっちゃったんですね。どちらも火を使う昔の家庭用品とかでいかにもパクリっぽいし、みたいな。
『護治郎』の方は、「現代日本人からちょっとズレていて、でも日本人の名前に見える」という条件に合ってて気に入っていたのでこちらは変えず、苗字の方をもう一度地図からかっこいい名前を探して『神指』にしました。実はイントネーションを知りません。
他には『栄市』という名前があったんですが、私自身もいつまで経っても『さかえし』に読み間違えてしまうので、『叡一』に変えたりとか。こういう十人前後の主要登場人物の名前を見直して変えたり、そのままにしたり、お互いの呼び名を考えたり。
後もう一人、非常に重要な人物で、最後の最後に名前を変えた人が居るんですよ。
これが主人公。
準備原稿が終わって、実際に書き始める一個前、最後の最後に本当にタイトルを付けるぞ、ってなる時まで『佐也』でした。
なんかちょっと清楚っぽい響きで、下書き原稿で固まった本人の性格には見合わない美少女っぽい名前ではあるんですが、エンタメ系の作品において登場人物は基本的に美少年美少女であることにしておいたほうが楽というか、説明無しでも平気な要素なんですよね。「似合わない名前だな」と思われるだけで済んでしまう。特に名前って、日常生活だと似合うも似合わないってあんまり言わないものだし。
だから良い名前だという感覚もなかったですが、下書き原稿的には人物像のキャラクター性が強いから名前が無味に近いなら邪魔にもならんわけで、『佐也』の名前を変更しようなんていう気持ちはなかったわけです。
で、もう全員名前も変え終わったし、タイトルを付けたら本番だぞとなりました。
まず仮のタイトルである『夏宙のイルカ』は没。
下書き原稿完成時には、粉末系美少女とイルカ少女のダブルヒロインと北関東を縦断旅行する中編ではなくなってしまっていました。
ここで数日考えました。そもそもこの作品の核心ってなに?
長文タイトル的に『主人公が特になにもしないけどいろいろなものに出会って行く話』とかか? いやこれ情報量ゼロだな。『主人公が特になにもしない』はある種の作品類型だけど、これはその類型の作品ではないし。後半の『いろいろなものに出会って行く話』の方はもっと酷い。これだと世の中の小説の六割ぐらいに当てはまるわ。普通の長文タイトルにある『主人公の性質(=俺)』まで削れてる上に作品の種類の誤解を導くからゼロから引いてマイナスまである。さすがに駄目だ。
えーと、この作品の特徴は、少なくとも宇宙から色々来るんだよ、それに対して困ったりとか色々なことをするするのが核心だ。これは自分が作者だからそのつもりで書いてるし、間違いない。
『諸々が千々に降下してくる……』
諸々と千々が被ってるところにタイトルらしい引っ掛かりもあってなんか良いけど、まだ足りない。主人公が、けっこうな状況の割にのほほんと過ごしている要素を足して……。
『諸々が千々に降下してくる夏の日々』
これでどうだ?
少なくとも作品の内容を表現した嘘のないタイトルになった。
でも、茫洋としすぎて記憶できないタイトルになってるな……。茫洋としすぎてて『々』が三つもある。でも、内容的にはそういう話だから抜き取り難いし……。逆にいっそもう一個入れるか。間違った日本語になって、むしろ逆に記憶するためのフックにもなるだろうし。
『諸々が千々に降下してくる夏々の日々』
うん、相変わらずパッと見て意味はわからんけど、嘘もないし、引っ掛かりもある、最低限の欲しい要素は満たした。
でも……、これだと作品の要点に『々』が入ってきそうに見えちゃうかな?
このタイトルの中でいちばん作品の特徴を表現してる部分がどこかと言ったら、多分『降下』なんだが、誤導している感じはある。
なにか他のタイトル案はないか……。
もしくは作品に『々』要素を取り入れる方法……。
あっ!
ということで、別に面白くはないと思っていた主人公の名前『佐也』に『々』要素を入れて、『佐々也』になりました。
いちおう『佐々也』と『佐也々』で迷って、音が可愛くなりすぎない方を選んだつもり。
ものすごく安易にやりましたけど、主人公の名前はすごく気に入ってます。
本作で名付けに成功したと感じる二つの名前のひとつが村の名前『迂川郷村字折瀬』。もうひとつが、土壇場で冗談みたいな理由で付け替えた主人公の名前であるこの『佐々也』です。
※また、作中には『麓の街』というショッピングモールがあったりする更に大きい街が登場しますが、あれは会津若松市です。舞台設定上それ以外になりようがないので……。