……6月23日(木) TOX襲撃、一日前 :篠田魁・叡一
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第三章 降下してくる危機が近づいてくる日々
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「TOXが実際にはどこに落ちるかはわからないから、油断をしすぎてはいけないんだ。いつか避難訓練があると思う」
「うん」
そんな話をしているうちに学校に行くのに良い時間になったので、二人で並んで家を出た。
一昨日、イルカがうちに来ることを父に知らされて、イルカについての知識をざっとおさらいをした。小学生の時に社会科で習うことが大半だからおさらいをしてみてもほとんどは知っている事なのだけど、実際に調べてみるとこれは小学生の時に言われても意味がわからなかった、ということもけっこうあった。
イルカというのは、宇宙に住んでいる宇宙船型生物のことだ。
実際にイルカに聞いてみると、イルカが住んでいるのはダイソン球の中に限られていて、イルカたちも外には出れないのだそうだ。ダイソン球に出入り口があるわけではないのだから、それはそうだろう。
『イルカ』というと海に住んでいるあのイルカと同じ名前だけど、元は同じ生物だったという。というか、地球がこの場所に来た時、何者かによって何万頭もの海のイルカが宇宙に連れて行かれ宇宙を泳ぐ生物に改造されたのだそうだ。同時に宇宙で生きていくために知能や知覚も改造されて、人間と同じ言葉を喋ることもできるようになった。
イルカが改造されたことによってTOXを使って地球を攻撃する意図が伝えられたり、イルカを改造した宇宙人と人類のコミュニケーションにおける橋渡し的な役が割り当てられたりするのかと思えばそんなことはなく、彼らはただ宇宙を泳ぐ宇宙船型の生物に生まれ変わっただけで、これという役割があるわけではないらしい。
イルカの全長は二〇〇メートル程度から七〇〇メートルほど。外殻は金属製で、中には元のイルカが入っているとの話もあるし、神経系統のみ残されてイルカの肉体はすでに無いとの話もある。イルカに聞いても教えてはもらえないそうだ。捕まえて解剖した例などもない。そもそも人類は宇宙に出ることができないから、イルカを捕獲することなんてできない。
現在のイルカに聞くと、元の海棲哺乳類との関わりや愛着は無いという。
別にイルカ同士だからと言葉が通じるわけでもないとか。人類と類人猿の間で言葉を介した円滑なコミュニケーションができるわけでもなければ、特に愛着があるわけでもないのと同じなんだそうだ。
確かに類人猿語は喋れない。
愛着の方はといえば、そういう目で見たことがないから自分は類人猿に愛着が有るか無いかもよく分からない。でも例えば犬と類人猿で比べたら自分は犬の方が好きだ。だからとりたてて愛着があるわけでもないと言われたら確かにその通りだろう。
そしてもう一つおさらいしたのは、イルカが人間の姿になることについて。
おさらいによるとこれは実際には正しくない表現で、実際にイルカがやっているのは高次元の方向に自分を持ち上げて元の場所に人間の姿のダミーを設置することらしい。これはさすがに小学生の時には意味がわからなかった。単純に変身するんだと思っていた。高校生になった今、高次元と言われて別によく理解できるようになったわけではないけど、小学生の頃に漠然と思っていた、ゲームなんかでゲージが溜まった時にパワーアップする時の変身というのとは違うということは分かった。
わからないなりに説明を思い出してみると、高次元に持ち上げるというのは例えば布団に寝転んでるところから、立ち上がって退くような感じらしい。その場合、平面的な布団から見ると寝転んでいた人が持ち上がった時に小さくなって、退いた時には消滅したように見えるんだとか。自分が布団というのがよくわからなくていまひとつ納得できた感じがないのだけど、言っていること自体はわかる。布団という幅と奥行しかわからない世界で、高さの方向に動くということだろう。それと同じことを現実に適用した時に宇宙船の姿のイルカが、人間の形になるのかはよく分からない。小さくなるというところが共通点だ。わからないなりに、そうだと言うからにはそうなのだろうとは思うけど。
そのクジラが使っている人間型のダミー。それがどういうものなのかは正確には明かされていないけど、どうやら実際の人間のクローンが使用されているのだとか。
また、遠隔操作をしているのではなくて、吊り下げた操り人形のように、持ち上がって退いた先から自分の力で操作しているのだという。
イルカに政府はあるのか、イルカの目的は、イルカの生活は、イルカの……。
調べれば調べるだけ情報はあるのだけど、時間も限られているし、細かい疑問は本人に聞いてみるのが良いのだろう。




