……8月6日(土) 8:00 抗生教本部・佐々也覚醒
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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「み……、見た目が変わったんだね……」
「あっ! そうなの! 小さくしてもらえたんだよ! 外に出られるんだよ! 嬉しい!」
そっちが先に来るんだ。
良かったねぇ。幹侍郎ちゃんの口から外に出たいと聞いたことはないけど、やっぱりそれが一番なんだと思うと、本当にしみじみ喜ばしい。
と思いつつも、私が気になってるのはそこじゃない。
「お……女の子になったの?」
「あー、そうだねぇ。身体が小さくなるときに女の子に決まったみたい。でも、みんな変わったって言うけど、僕っていままで男の子だったの?」
正直なところ、当然男の子だと思っていたから考えたことがなかった。
幹侍郎ちゃんの疑問に、咄嗟には答えられない。
どうかな?
どうだろう?
ゴジは男の子として扱ってたと思うし、言動も……。
いや思い返してみると言動はよくわかんないな。
特に女の子らしい部分があったわけでもないけど、逆に言えば特に男の子らしい部分があったわけでもなかったように思う。
性別といえば身体的特徴も重要な部分だけど、元の幹侍郎ちゃんの身体の性別が男女どちらだったのかは分からない。
あの体に生殖器官があったとは思えないし、スタイル的にも男女どちらかだったかはよく分からない。巨大だし戦闘ロボのような見た目ではあったけど、ややずんぐりしていてちょっと可愛い感じだった気はする。でも、筋骨隆々な男性形でもグラマラスな女性形でもなかった。
「どうかな? 私にも分からない……。あえて言うならゴジが弟って呼んでたのと、自分の事を僕って呼ぶから男の子みたいに感じてたんだと思う」
「僕って男の子の呼び方なの? アニメだとそういう女の子もいるよ?」
「そうだね、よく居る。でも男の子だと思われやすい呼び方だね」
「僕も変えたほうが良い?」
「いや、別に気にしなくていいと思うよ。自分が呼びやすいように呼ぶと良い。それで、幹侍郎ちゃんが成長して、色々なことを経験して、呼び方を変えようと思う日が来るかもしれない。もしそういう時が来たら、その時には好きに変えたら良いし、そういう日が来ないならそのままでいいよ」
「僕も色々なことを経験できるかなぁ?」
「その姿なら、ちょっと目立つかもしれないけど、外に出ていけるよ。学校にも通えるかも」
「そうならいいなぁ……。そうだ、佐々也ちゃん、イルカの乗り心地はどうだったか覚えてる? 僕も乗りたいなぁ」
「イルカの乗り心地? なんの話?」
「え? 大きなイルカの宇宙船で東京に行ったのは佐々也ちゃんなんでしょ? お兄ちゃんがそう言ってたよ」
寝てたときの話か……。
大きなイルカの宇宙船に乗って東京に行った? なにがあったんだ?
そんな事あったら大ニュースじゃないの?
「佐々也ちゃんはいま起きたばっかりでずっと寝てたから、なんにも知らないんだけど……」
「あっ! そうだった! ずっと寝てたって聞いてた。でも、ちょっとぐらい覚えてない? 夢に出てきたとか」
「夢? ……なんかえらく壮大な夢を見たけど、イルカは関係なかったな……」
「僕は出てた?」
「夢だからあんまり覚えてないけど……、どうだったかな? あ、いや、そうじゃなくて、私ってイルカに乗って東京に来たの? っていうか、ここって東京なの?」
びっくりして大きな声が出てしまった。
かすかな笑い声が聞こえたので端末から顔を上げてハルカちゃんの方を見ると、声を潜めて笑っている。
「さっき、私もそう言ったよ」
そういえば言ってたような気がする。東京の私の部屋だって。
どうやら本当のことらしい……。
画面に向き直ると、幹侍郎ちゃんが画面の外と話している。
幹侍郎ちゃんっていうか、こどもの頃のハルカちゃんにしか見えない。……いや、こうして見比べると髪色は銀色でも金色でもなくてかなり明るい茶色で、明るすぎるからほぼ金髪に見える感じみたいだ。
「あっ、窓ちゃん来た。優花子ちゃんも居る! どうしたの? 荷物大きいね! え? 佐々也ちゃんと通話してるの」
窓ちゃんとは軽く挨拶、端末通話をユカちゃんと代わって幹侍郎ちゃんは窓ちゃんが持ってきた服で着せ替えをするんだそうだ。
私は通話先のユカちゃんとハルカちゃんとで、いろいろな現状確認をした。
イルカで飛んできたとはなんなのか、幹侍郎ちゃんがハルカちゃんの姿になったのはなぜか、叡一くんの思惑は、私の部屋とはどういう意味か、やちよちゃんはどう言っていたか、TOXはどうなったか、そんなことを色々と聞いた。
しばらくすると、私の方の部屋にやちよちゃんと叡一くんも来た。
通話の間にハルカちゃんが呼んでいたらしい。
なにか、私が寝ていた間にもかなりたくさんのことが起きて、私はそういうの全てに出遅れたということみたいだ。
東京へのTOX襲撃なんて私が気にしてなきゃいけないことなんじゃないかと感じるのに、それさえも逃した。
なんかもうさあ!
本当になんというか、なんかなぁ、もう!




