6月23日(木) TOX襲撃、一日前 :篠田魁・叡一
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第三章 降下してくる危機が近づいてくる日々
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転校生が来た直後にまた新しい転校生、それもイルカだなんて、みんな驚くと思う。
俺も驚いた。
ご飯を食べ終えて、登校前に洗い物を片付けてしまう。
まだ少し時間があるからサイマルビジョンのニュースをつけたら、TOXの降下予報だった。
一昨日、夏みかんを食べながら佐々也ちゃんが喋ってたやつ。
今日はもう落下の前日だ。前日ともなると落下の範囲が日本を中心にだいぶ狭く絞られてきている。円形になった予報の範囲はまだ韓国や中国なんかにも部分的にかかっているけど、これは日本だろうな、という地図になっている。
「こういう予報の時は東京なんだ」
イルカの叡一くんはTOXの襲来に慣れていないだろうと思うから、軽く声をかけた。
「トウキョウ? 地名かな?」
「ああ、来たばかりだから地名には詳しくないか。ええと、そうだな。日本の地図を見ると途中で折り曲がっているだろ? その折れている一帯の右下の方。そこの切れ込んだ湾の左あたりが東京だよ。『大宮』という街のちょっと下」
「この図だと青いのが海なんだね、なるほど。大宮、この下というと……。右でなくて下の海との境界面に近づいたあたりということかな……」
「もしかしたら、地図を見たことがない?」
「うん。厳密には、人間の使う地図がどういうものか知識として学ぶときには見たことがあるけどその時に見ただけ。だから、こうして見てもこの絵になにが書いてあるのか読み取れないんだ。僕たちの文化では、あまり二次元的な位置関係を図にしたりしないから」
「言われてみれば、宇宙は三次元だもんな。……叡一くんが言ってた場所で合ってると思うけど、僕が口で表現するのは難しいな。指差すから見てて。……ここだよ」
朝食を一旦おいて、サイビモニタに歩み寄って東京の場所を指差す。
「ああ、合ってた。ついでで申し訳ないんだけど、僕達が居るのはどの辺だい?」
「この辺」
そう言いながら大宮の上、少し離れた辺りを指差す。
映し出されている地図がそもそも模式図なので、細かい場所にはあまり意味がない。
「ところで、円の中心があるのは大阪という文字のあたりに見えるけど」
「中心は大阪だって予報でも言ってるね。でも、TOXが日本に来る場合はたいてい東京。日本に落ちてくるTOXは、そのうちの七〇パーセントぐらいが東京に落ちるんだ。だからこういう予報図になってても大体の場合は東京。東京以外の場合でも予報の中心に落ちることはあんまりなくて、そういう時にはどこなのか予想できない。もう少し近づいてくると確率分布が出ることもあるんだけど、そういうときでも基本的には人口が多い有名な街の確率が高い。だから、落ちるところが仮に東京でないとしても、僕達の居るこのあたりに落ちてくることはないと思うよ。あんまり心配する必要はないね」
そう言って教えると、叡一くんはすこしサイビの画面を見つめていた。
見慣れない地図を見て、情報を読み取ろうとしているのだろう。
「……こうして見ると東京はここから近いんだね」
「近いと言っても直線距離で二五〇キロメートルぐらいはあるよ」
「え? それは……、僕達の基準だと近いんだけど、地上ではそうでもないんだね。……こういう感覚の違いがあるって知っては居たんだけど、気をつけないとね」
「ああ、宇宙は広いもんな。そりゃそうだ。地上だと二五〇キロは遠いよ。自動車でも半日ぐらいかかる距離だ」
「半日? 十二時間?」
「いや、半日だとざっと六時間かな。十二時間だと一日掛かりって言うよ」
「六時間だと秒速〇・〇一キロメートルぐらいか……。でも、地球の一日は二十四時間なんじゃないっけ?」
「ああ、ほんとだね。でも、半日って言ったら普通は四時間から六時間ぐらいだな。なんとなくそういうことになってるんだよ」
「へぇ……。じゃあそういうものとして憶えておくよ」
叡一くんはどことなく釈然としない面持ちだ。なんでと聞かれても、そういうものだからと答えるしかない話だから、その気持ちはわからないことはない。慣れるまで教えてあげるしかないんだろう。
いま、ひとまずはTOXのことについて、良識のある内容を説明しないといけない。
「TOXが実際にはどこに落ちるかはわからないから、油断をしすぎてはいけないんだ。いつか避難訓練があると思う」
「うん」
そんな話をしているうちに学校に行くのに良い時間になったので、二人で並んで家を出た。