……8月6日(土) 8:00 抗生教本部・佐々也覚醒
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
小さめの簡素なグラスが台所においてあったので、それを使ってひとまず二杯の水を飲む。三杯目も注いだけど、とりあえずいまは水分は入って行かない感じだ。コップを持ったまま元の部屋に戻る。
「……佐々也ちゃん、今っていつなのかわかる?」
「その言い方だと、夜の八時? それよりハルカちゃん、どこに居るの? もしかして隠れてる?」
声がする方を見ても人影は無い。
別に広いというわけではない室内にあるのは、ダイニングテーブルセットと、まあまあぐらいの大きさのストリーミング用モニタと、それに向かい合った小さめのソファ。
とりあえず手近のダイニングテーブルの椅子を引いて、水の入ったコップをテーブルにおいて私も座る。
「ううん、朝だよ。ただし、佐々也ちゃんが寝たのは三日前。八月二日の深夜――いや、日付変わって八月三日のちょうど〇時ぐらいかな?――に寝て、丸三日眠り続けて、いま八月六日の午前八時」
寝すぎたかどうか気になっていたので、頭の中で睡眠時間を計算をする。
二十四かける三たす八。
「うそぉ! 八〇時間睡眠!?」
「睡眠時間で言うならそうだね」
薬を飲む前に聞いた話のハルカちゃんの軽い口ぶりから、なんとなく短ければ二〜三時間で終わるようなことなのかと思ってたけど、そんなことなかったようだ。
とはいえ、排泄をして水分を摂り終わったいま、体調なんかはむしろ良いぐらいに感じるので、長くかかったこと以外のデメリットはよくわからない。ゲームのログインボーナスが切れちゃったことぐらいだろうか……。他には……。
そういえばいくらかお腹が空いてる気もするけど、なぜかこれはまだ平気そうだ。経験的には、こういう感じの時は食べ始めるとお腹が空いて来たりするものだから、きっとそれじゃないかという気がする。
「そうだ、そういえば幹侍郎ちゃんは? どうなった?」
「それはまぁ上手く行ったよ。佐々也ちゃんが目覚めたって、護治郎くんたちにも教えなきゃいけないから、連絡しようか」
ピっと、ソファの前のストリーミング用モニタの電源が入って、見慣れたメッセンジャーのアプリが表示される。枠とかボタンとかのアプリ側の機能の表示は極力小さく目立たない設定にされているようだ。
ハルカちゃん、どこに居るんだろう?
ソファの前にしゃがんで隠れてるのかな?
コップの水に口をつけてもまだ入らないので、コトっと置いてソファの方に移動。足音を忍ばせて隠れているところを驚かせてやろう。
ソロソロと進んで、そこにうずくまっているならそろそろ見えてくるだろうという辺りに来てもなにも見えない。とはいえ私も何かを見落とすのに長けているという事についてはかなり自信がある方だ。きっと見落としているだけ。
そのまま進むと……、真横まで来てなにも隠れてないのがすべて見える所まで来てしまった。
「やっぱ居ないか……」
「居る居る。ソファーの上」
「ソファーに座ってたら、後ろのダイニングテーブルから……えーーーっ!」
言葉に誘われてそっちに視線を向けたら、驚愕の光景。大声が出た。
ソファの座面に、胸像みたいな感じのハルカちゃんが乗ってこっちを見ているのだ。ものすごくショッキングな絵面だ。
でもそういえば、ハルカちゃんに最初に出会って見かけたときも、等身大フィギュアか死体かのどっちかっていうショッキングな姿だったんだよな……。
「ど……どうしたの? 身体がなんにも無いじゃん」
「三日のうちに色々あってね。追々説明するよ」
そう言ってハルカちゃんはニヤーっと笑みを浮かべる。
悪い顔だけど、顔だけになっても相変わらず美人だ。
こう、心の動きがいそがしくてちょっとフリーズしていたら、ハルカちゃんはモニタを相手に話し始めた。
「あ、幹侍郎ちゃん、おはよう。護治郎くんは? 寝てる? そうか、佐々也ちゃんが起きたからお知らせしようと思ったんだけど。え? ここに居いるよ。代わるの? はいはい、そうだよね。代わるよ」
ハルカちゃんはモニタ相手にぱっぱと話を進める。
ぱっとモニタの方を見ても、画面には表示はない。
音声モードなのだろう。
相手は幹侍郎ちゃんだろう。そう言ってるし。
「佐々也ちゃん。幹侍郎ちゃんが話したいって」
「うん……」
※二月末日ですが、最終章は翌月に跨いで更新します。
※最終日、三月一〇日まで毎日更新します。




