……8月4日(木) 22:30 大宮:みぞれ
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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「遠くでよれひーさんに褒められた気がしますけど、よく聞こえなかったから後でアーカイブを見よ〜っと」
立ち去りながら、自分の録画の方のマイクにそういう音声を入れておく。
「ゴーっていう音がずいぶん大きくなってきましたね。音はまだ拾えてますか? たぶん大丈夫? マイクの先端を触らないように根本を指に挟んで、手のひらでお椀を作って、これで聞こえますか? うるさい? じゃあ手はすぼめないようにしますね、えへへ。これぐらいで、聞こえやすくなりました? 待って? 待ちますよ。あ、カメラ持ちましょうか? はい。あ、早いですね。イヤホンの反対側にそれは耳栓ですか? ああ、私の声が聞こえにくくなるだろうってことですね。わかりました」
「赤い光の噴射炎が間違いなく細長い形をしてるのが分かるぐらいには大きくなってきましたけど、根本にある炎を出してる飛行物体の方はまだ見えません。噂によるとイルカなんだとか。イルカって言われると、私にとっては宇宙から来る人っていうイメージなんですけど、空を飛べるんですね。本当は宇宙船なんですっけ? こんなときにさーちゃんが居たら聞けるのになぁ。人間の形だったら小さくて、よっぽど近くに来ないと見えないですね。ということは、遠くからでも見えるあの噴射炎はすごく大きいってこと? マンガとかアニメで見る、空を飛ぶ人がすごく大きいオーラ出してるみたいなやつかなぁ。ちょっと距離は分からないけど、こんなに遠くても見えるっていうことは、もしオーラならすっごい強いオーラですね〜」
「赤い光はこれまでずっと、空の同じところにあった感じがするんですが、気が付くとだいぶ動いてます。最初によれひーさんに説明した電波塔との場所を比べると、だいぶ右側に……。うん、だいぶ右に移動しています。現地近くの視聴者さんに教えてもらった話だと噴射炎が進行方向を向いているはずなんですけど、進む方向と反対向きにロケットの炎が伸びている感じはちょっと感覚に合わないですよね。前向きに炎を出したら空を飛ぶスピードが落ちそう。スピードが下がり過ぎたら墜落しちゃうのかも」
「あっ、本体の黒いのが見えてきました! 人形ではないです。だいぶうるさくなってきましたけど、私の声、聞こえますか? 手をお椀にしたらどうです? じゃあ息がかからない口の横に近づけて……。いけますか? 本体の黒いのが見えてきました。形は……三角かな? 細長い三角みたいな形に見えます。夜空と色が似てるから見えづらいけど……」
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「音がっ! 本当にっ! 大きくなってきていてっ! 身体全体を前から押されているようなっ! 感じがしまっす! ちょっともう耐えられない。耳をふさぎます……。声っ! 聞こえますかっ!? 首を横に……。でも無理っ! このまま喋りますねっ!」
「全体的に! かなり大きくなってきました! 黒い本体は! 全体的に魚っぽい形ですっ! 海のイルカっぽいですっ! 速度はロケットで飛んでるにしては遅い気がします! 距離もかなり近っ! 大きく、なり続けていますっ! もー! うるさーい!」
「イルカはっ! 大宮のっ! 横を通るみたいですっ! 夜の空をっ! 黒い魚がっ! 飛んでるみたいですっ! ちょっと! かわいいかもっ!」
「わーっ! もううるさくて耐えられな〜い! ちょと立ってられませんっ! しゃがんじゃってすいません! うる!さ!すぎ!て!平衡っ!感覚がっ!無!くなり!まし!たっ!」
「あーっ、通り過ぎたら音がかなりマシになりました。もう耳をふさがなくても平気かも。どうですか、マイクで音、拾えますか? 拾える? よかった〜。立てるかな? 立てる、よかった〜。まだちょっとフラフラしちゃいますけど」
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「えーと、どうやらイルカは大宮を通り過ぎた、という事みたいです。東北地方の方から来たみたいなので、大宮を通り抜けて東京を超えて海の方に行くんでしょうかね? え? 赤い光が消えた。音も止まった……。黒い本体が見えるような……、ちょっと夜空に紛れて見えにくいですけど、うっすらあるはずの夜空の光が消えてる所がある……ような気がするんですけど、確信が持てない……。よれひーさーん!」
あ、みーちゃんさん、どうしました?