……8月4日(木) 21:30 やちよ
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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雨粒というより細長いアザラシの形かもしれない。
「……デカい」
「やっぱり、これが叡一くんなの?」
「そうだよ」
本人に確かめてはいないけど、私にはそれが分かる。
見ていると、空の一部のようなその広大な一角から、棒状のものが出てきてこちらに伸びてきた。棒の先には何かがくっついているらしい。
見る間に近づいてくるので形がよく分かるようになってきた。
人型だ。
私も会ったことのある、あの叡一の姿だった。
「やあ! お見苦しいところを見せて済まないね」
叡一は護治郎に声をかけている。
「君は、棒で繋がれていたのか……。見えたことが無かったよ」
「棒? ああ、これは擬体肢って言うんだ。いつもなら擬体肢は本体と同じ次元の方向に上がっていて、こっちからは見えないようになっているからね」
背中の方を棒で支えられて空中に浮いたまま、叡一がそう護治郎に話している。顔を合わせて話している時にはなんだか違和感のある人間だと思いはしたのだけど、イルカだから仕方ないのだと思っていた。
でもこの姿を見ると、人間のように見えていたという記憶もなんだか白々しい、よくできてはいるものの指人形ぐらいのものに見えてきた。背中についてる棒がさしずめ人間の手だ。
私が聞いていない間も、叡一と護治郎は会話を続けていた。
「……だよ。人間の姿はこの擬体肢が伸びる範囲にしか動けないんだよ。五キロメートルだね。擬体肢はそれぐらいまでは伸びる。でも、調べたら折瀬から東京は三〇〇キロメートルぐらいだから擬体肢の長さじゃ全然足りない。それで本体ごと行かなくちゃいけないんだ。けどね、燃料と推進剤が必要だから、行ったきりになってしまう」
「そういうことか……。そうだ、魁にはお別れを言えた?」
「言えてないんだ。それが心苦しくてね」
「そうなのか……」
「とはいえ、おかげで人間らしくないこの姿を彼には見られずに済むから、僕としては嬉しい面もあるよ。篠田一家には良くしてもらった。最後の最後に化け物と思われたくはないからね」
「魁は友達甲斐のある奴だから、そんなことで嫌ったりしないよ」
「……そうかもね。でも、それでも、人間の姿の僕を覚えていて欲しいんだ」
「まぁ、叡一くんがそう思うならそうなんだろうね……」
「うん、そうなんだよ。楽しい思い出だからね。さて、あんまり長く話していても仕方がない。そろそろ出発するよ。あまり長い間ここに居たら目立ってしまうしね。やちよさんは、荷物は無いでいいのかな?」
叡一と護治郎があまり意味があるとは思えない会話をしていたけど、切り上げることにしたらしい。
「思い出してもらえたようで良かったよ。私は荷物がある。護治郎におみやげを貰ったんだ。あと寝てる佐々也ちゃんとハルカ、それに佐々也ちゃんの荷物がある。取ってくるからちょっと待っててよ」
護治郎と一緒に部屋に戻り、窓と護治郎に手伝ってもらって荷物を持って、眠っている佐々也ちゃんと動かない首だけのハルカを玄関の外まで連れ出した。
「ハルカはこれ、動かないと本当に単なる人形だね」
「休んだらまた動くらしいから、そう言わないであげなよ。眠ってるみたいなもんなんだと思うよ」
まず先に私がリュックを背負ってハルカの生首を抱えて、その状態で叡一の人形に抱えられて運ばれた。雨粒型の大きな影の一角、イルカなら口がある部分に運んで行かれて、屋根のある部屋に仕舞い込まれた。場所が口の辺りというだけで本当に口というわけではないらしく、内側も機械だ。
その後、叡一はもう一度降りていって、タオル生地の毛布にくるまれて前髪にピン留めをしている佐々也ちゃんを抱えてまた上がってきた。
入口が閉まって外の空気との繋がりが絶たれて少し息苦しいような気分になる。その瞬間に、借りたままにしていた佐々也ちゃんの携端に呼び出しがかかった。
誰かと思ったらまたハルカだった。
「出発するって」
「寝てるんじゃないの?」
「身体に力が入らない感じだけど、寝てはいないよ」
「……ねえ、ここって外が見えるようにできないかな?」
「チャットのモニタに映すぐらいなら、叡一くんに頼めばできると思うよ」
「ホントは車みたいに窓を開けたいんだけど、それぐらいで我慢するしかないのかなぁ」




