……8月4日(木) 21:30 やちよ
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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「白虎がさぁ……」
「チッ」
舌打ちをされた。
めちゃめちゃ怖い。
けど、顔には出さないよう心がける。
「……白虎がさぁ、一人でTOXをぜんぶ倒したっていうのだけ聞いたんだけど、刀じゃないんだよね? どうやって倒したの?」
「……護治郎くんが作ってくれたナイフ」
「手に持って接近戦? 何体? 青虫が一体いたのは聞いたけど」
「ルーク五と、青虫が一。棒の先にナイフをつけて長物にして使った……」
「生身で? ……ああ、白虎だから獣化なのか」
「……そう」
別に会話も盛り上がらなかったし、間が持つ感じでもなかった。猛獣と同じ檻に入っている恐怖で動転してて思い出せないけど、そういえば前にも聞いた話だったかもしれない。
こういう状態になってみると、護治郎は付き合いやすい。刃物で脅すとか考えてしまって悪かったかもしれないな……。
そんな事を考えてるうちに護治郎が携端を持って二階から降りてきた。
「フリーのアカウント取るけど、アカウント名はなにが良い?」
「なにを言ってるかわからないけど? アカウ……なに?」
「ネットを使う時の名前みたいなもんなんだけど、TokyoYachiyoでいい?」
「いいよ別になんでも」
「うん、取れた。パスは自動生成でコピーをここにおいて……」
護治郎はメッセンジャーを私の名前で使えるようにして、端末ごとくれた。
「僕のお古だけど、初期化してあるから前の情報は残ってないんで、気にせずに使って平気だよ。無線の接続は誰か知ってる人に聞くと良いよ。……すくなくとも目が覚めたら佐々也は設定できるはずだから、他に誰もいなかったら佐々也にやってもらえばいいと思う」
護治郎によると、私にくれた携端には標準的なメッセンジャーのアプリと、護治郎の連絡先が登録してあるという。
「魁の連絡先は?」
「それはまた今度、魁本人に確かめてから。もしくは魁からやちよちゃんに遠絡するように伝えるよ。やちよちゃんのアカウントを魁に伝えるのは構わないよね?」
「構わない! 魁が嫌だって言っても私のそのアカなんとかを教えてほしい」
「や、魁に嫌だって言われたら教えないけど……。ただ、そんなことこれまでなかったから、大丈夫だと思うよ。充電器と予備バッテリーは、さっき渡した鞄のやつを使ってね。佐々也のを佐々也に返したあと、残りのやつはやちよちゃんにあげるよ。しばらく使ったやつだから、バッテリーのもちは悪くなってるかもしれないけど、使えないわけじゃない」
「ありがとう……。護治郎、良いやつだな。あれ? いま何時だっけ?」
「……一〇時」
白虎がそう言いながら、壁掛けの時計を顎で指し示す。
さっきまでより更に目が怖い。
なんでだ……。
あ、護治郎と喋ったからか?
「一〇時なら叡一が来ているかもしれない。ちょっと見てくる」
白虎の無言の圧に負けて、玄関から外に出る。
「ああ、僕も」
と言って護治郎がついて来る。
あい、やめろ! 来るな! お前は囮として白虎を惹きつけておけよ! お前がこっちに来るともっと危険になるじゃないか!
でもこれは言わない。
言うともっと危険になるはずだ。
* * *
サンダルを借りて玄関を出ても、叡一の姿は特に見当たらない。
夜の暗い中で目を凝らして見まわしても人影はない。
背後から、護治郎が驚く「うわっ」という声が聞こえてきた。
気になって、そちらを振り向く。
護治郎は、こちらに背中を見せる体勢で、頭を上げて真上を見ていた。
そういえば叡一は上に居ると言っていた。
護治郎の視線に合わせて上を見ると、薄く光る空の一部が切り取られて、光らない黒い雨粒型の領域が見えた。雨粒と言っても実際に降っているときのように上下の下側が太くなっているのではなく、手前奥の奥の方が太くなっているし、全体的にもっと長細い。そして細くなっている方の先端も尖らずに丸くなっており、尾翼というか尾びれに当たるような小さな翼状の部分があるのも見える。魚だと尾びれの向きが違うから、雨粒というより細長いアザラシの形かもしれない。
空が切り取られるようなことがあるのか、と思いながら空飛ぶ影の心当たりを探してみると、アレこそが叡一なのだということが分かった。叡一が空を飛ぶ大きな生き物だということは分かっていたけど、このように見えるというところまでは分かっていなかった。
「……デカい」




