8月4日(木) 21:30 やちよ
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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8月4日(木)
21:30
やちよ
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護治郎が出してくれたスパゲッティは美味しかった。
トマト味のミートソース。
ミートソースのスパゲッティーは東京でも出てくるものだけど、食べ慣れたものに比べて味が濃くて美味しい。
なんというか、表現のしにくい複雑な味がする。
こういうのが大人が好きな食べ物の味だ。かっこいい。
それに今日は、計画があるから晩御飯を食べられないと思っていたので、ご飯を食べられたのは嬉しい。
ただ、私が食べている横で白虎がじーっとこっちを見ている。
それがあまりにも落ち着かない。
欲しいのかと思ってちょっと食べるかどうか聞いたら、さっき食べたんだそうだ。白虎はその後も相変わらずずっとこっちを見ている。
スパゲッティは美味しいけど、なんだかお腹に入っている気がしない。
というか、そもそも私がここでスパゲッティを食べてるのがおかしい。
なんでこんなことに……。
* * *
そもそも、この家に入ってきた時からなんか変だった。
護治郎は佐々也ちゃんを地下から連れて上がっていて玄関の広間の奥にあるソファーに寝かせていた。それからその近くにハルカの生首が置いてあった。
ハルカの生首は本当は首よりちょっと下まであるけど、まぁ生首だ。
予定では地下から護治郎に佐々也ちゃんを連れてこさせるはずだったのに、もう用意ができてる。
その二人の横には予定と違って白虎がいた。
それで護治郎からこう言われた。
「やちよちゃん、佐々也を東京に連れて帰るんだよね」
「あ、うん。まぁそう」
護治郎を脅してでも連れて行く予定だったんだけど、本人から質問されてしまった。完全に予定外だ。
それに脅そうと思っても白虎が居るなら無理だ。絶対に勝てない。
「佐々也は眠ったままだけど、連れていける? 僕も東京まで運ぶの手伝おうか?」
「来なくて良いよ。それは大丈夫だから」
「そうか……。じゃあ、これ」
そう言って、佐々也ちゃんの着替えが入っているというリュックサックを渡された。それとは別に充電器と、携端用の予備バッテリーを渡された。
佐々也ちゃんが寝てる間は携端をまだ使うかと聞かれたのでうんと答えたら、渡された充電器とバッテリーを使うように言われた。
充電のやり方と使い方を教わって、連絡先を交換しようとしたところで、私が使っている携端が佐々也ちゃんのからの借り物であることを思い出したらしい。さっき借りるかって自分で聞いたのに。
「やちよちゃんって、自分用のメッセージアカウントある?」
「無いよ。もちろん」
「自分用の携端は?」
「無い。……悪い?」
「悪くはないけど、珍しいよ。でももしかして、東京ではみんなそうなの?」
「そうだ」
「電波は……あるよな、佐々也が使ってたもんな。無線は使える?」
「使える場所はあるし使っている人も居る。どういう努力で維持されているかは知らないけど」
「無線があるのか! それは良かった。流石に回線の契約はしてあげられないからな……」
「なんのことだ?」
「ちょっと待ってて」
護治郎はそう言い置くと二階へ上がって行ってしまった。
白虎と二人で残されたのだけど、こっちを睨んでるし、晩ご飯を食べてるときからずっと目付きが怖い気がする。
脅すつもりでいたのがバレてるんだろうか?
とはいえ切っ掛けがなければ襲っても来るまい。
「白虎がさぁ……」
「チッ」
舌打ちをされた。
めちゃめちゃ怖い。
けど、顔には出さないよう心がける。
白虎はこうして顔だけ見てると大人しくて非力な楚々とした深窓の乙女に見えるんだけど、この顔でも舌打ちってするんだな。