……8月4日(木) 17:30 護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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やはり、佐々也は連れて行ってもらわなければいけない。
TOXが来るだけじゃなくて、その後の社会からの追求もあるんだった。
ソーシャルメディアを自分で使うときにもゲームの攻略法や有志のイラストを見るぐらいにしか使わないので、よく言われる悪意の吹き溜まりという言葉もなかなか実感できない。
とはいえ、このまま佐々也が居たままなら折瀬にTOXが来るだろうし、TOXが折瀬に来たことが知られたら、ソーシャルメディアでなにか起きるだろう。
悪いことに当の本人である佐々也はメジャーなストリームに記録が残ってしまったから、特定されたり変に有名になってしまう恐れもある。そもそも佐々也の番組には直接の知り合いらしいコメントも残っていた。
具体的にはなにが起きそうなのかまでは思いつかないけど、やっぱり良くない事が起きそうな予感がする。
とはいえ、ここで情報を集めている人達も具体的な犯人を探し出して懲らしめてやろうとしているわけではなくて、TOXという自分の身に及ぶかもしれない危険を警戒しているだけなのだろうとは思う。
だけどそういう人達に、TOXを呼び寄せてしまうらしい佐々也のことや幹侍郎のことが知られてしまったら、最初の動機が悪意でなくてもいつか悪意が生まれるかもしれないし、その先にはきっともっと良くないこと、なにか恐ろしいことが起きてしまうだろう。
具体的にはわからなくても、そんな危機感が湧き上がってくる。
だからと言っていまこの場では僕になにができるわけでもないから、用心以外はさっさと忘れて元の行動に戻ることにした。
佐々也を東京に送り出すことは、佐々也自身の身の上に起きる悪いことを減らしてくれるという言い訳は、僕の心の重荷をいくらか軽くしてくれた。
* * *
さて、実際に支度を始めるとなると、何をすれば良いのか。
佐々也のための支度と言われると、まずは着替えと日用品を用意する必要があるんだろうと思う。
下着を含む着替えは窓ちゃんにお願いした。
僕は旅行用の歯ブラシやタオル、それから携端の充電器や予備バッテリーのようなものを意識して集める。佐々也の充電が切れた苦い記憶があるので、充電切れを防いでもらうように、バッテリーと充電器は佐々也自身のものに加えて予備も持たせることにした。僕の予備バッテリーをふたつ、充電器をひとつ。
佐々也の携端本体は見当たらない。そういえばやちよちゃんが借りてるんだった。今朝も持っているのを見かけた。
この荷物、叡一くんに運んでもらうということだから、できるだけ小さく運びやすい小さめのリュックサックをうちの押入れから出してきた。かき集めた端末周りの用品は普段遣いのクッション付きのサブバッグに入れて、旅行用品はこれも押し入れの中にあった未使用の旅行用品セット入りのポーチをそのまま。他にタオル数枚と小さく畳まれた使い捨て買い物袋のパッケージ、折りたたみ傘……。いや、東京ではレインコートの方が便利かもしれない。
旅行用品セットと同じところに、ちょうど良いサイズの耐水性の巾着があったので、衣類とかを入れるのにどうかと思って着替えを選んでいる窓ちゃんの方を向いたら、どことなくソワソワしていた。理由を聞いてみたところ、佐々也に似合う服を自宅から持って来ようかどうか迷っていたらしい。
……。
窓ちゃんが佐々也を着せ替え人形にして一緒に遊んでいるという話は時々聞くし見かけることもあるので、その事だろう。どう言えば良いのか……。
「前に聞いたことあるんだけど、佐々也は窓ちゃんの服着せてもらうのは好きらしいけど、着方とか脱ぎ方がわからないって言ってたから、いつもの服の方がいいと思うよ」
「……うん。私も言われたことある」
「荷物も小さい方が良いし、今回は佐々也の服の方が良いと思う」
「そうだった。荷物の大きさも……。うん、わかった。佐々也ちゃんの服から選ぶようにするね。あと……もう一度、佐々也ちゃんの寝間着を外出できるものに変えないと。すぐにでも着替えさせに行ってくるね」
「あ、うん。じゃあ僕は窓ちゃんが戻ってくるまで地下には降りないことにするよ」
衣類を入れるのにどうぞとさっきの巾着を手渡しすと、窓ちゃんはそこに佐々也の服を揃えて入れてリュックの中に収めてくれた。そして、佐々也が寝巻きに使っている中学の頃の体操着ジャージを持って地下へ向かった。