……8月4日(木) 15:00 対話シミュレ―タ:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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「わかった。天宮が佐々也について行くんだね。ただ、一個だけ質問したい。その場合、幹侍郎のことは延期になるってことでいいのかな」
「ううん。さっきエミュレータの稼働を確かめてもらったと思うけど、つまり佐々也ちゃんの脳を使ったテストは一応のところ一段落してる。あとは銀沙細胞の生成とか銀沙細胞による自己造成とかが中心になるから、ここから先は基本的に待つだけ。細かく言えばまだ作業はあるんだけど、それは収穫機と私の身体だけでも間に合うようにはするよ」
「……じゃあ、佐々也は目覚めさせてもいいんじゃないのか?」
「そこは薬の量の問題だから。それに、ほんとは稼働開始までは少しテストもできた方が良いんだ」
「そんなついでみたいな理由なのか……」
「あんまり繊細に事情を考慮できる状態で投薬したわけでもないから仕方ないわよね。マイクロボットを使ってるから、最悪の手段として薬を強制排出させる方法も無いわけじゃないけど、それは健康に良くない。そこまで切羽詰まった状況でもないんだし」
「……。天宮がそう言うなら、その方法は最悪なんだろうな。わかった……。それはそれとして、収穫機と天宮の身体って?」
「いま使ってる身体、ずいぶん流用しちゃったから、また動くように作り直すのにだいぶ時間がかかっちゃうんだ。幹侍郎ちゃんの事の仕上げをするコントローラもあった方が良いし、ついでだから切り離して残して行こうかと思って」
「切り離す!?」
「まぁ、また生えてくるからさ、私の身体って」
天宮の声には陰りもないし、気遣いを縮退してるから直截なだけで内容的にも嘘ではないだろう。だから本当に気にならないんだろうと思うけど、こちらとしてはまたひとつ自責に重みが加わったという気分になる。
「……悪いね。幹侍郎のためにそこまでしてもらって」
「幹侍郎ちゃんは新しい知性体だからね。だからそういう意味では私の宇宙探査の目的にピッタリ当てはまるんだよ。つまり私に利益が無いってわけじゃないから、護治郎くんが気に病むことはないよ。半分以上は自分の利益のためにやってるみたいなもんだから」
「そう言ってもらえるとありがたいよ……。それでも、こちらからはどうやって返したら良いのかわからないぐらいの大きな借りができた。なにかの必要があったら遠慮なく言ってほしい」
「うん、しばらく貸しておくよ。ただごめん、言いにくいことがある。その先の作業の制限時間が想定より短くなったから、普通ならエイドス――えーとなんだっけ……。あの、そうだ。性格とか外貌とかの個性の部分の調整とかを、普通ならいまからする段取りなんだ。今回はダイモーンの誕生みたいな標準手順と違うから、その個性部分の選択スキームの再構築が必要になってる。とはいえゼロから全部じゃなくて不要な部分を刈り込んで調節しようと思ってたんだけど、制限時間が短くなっちゃったから刈り込みもできなくなっちゃって、祖型からの継承になっちゃう。その祖型には必要なエイドスは揃ってるから完成品まで行けるのは保証できるんだけど、それでいいかな?」
正直、なにを言ってるのかほとんど判らなかったけど、時間的な切迫だけは理解できたので『うん』と答えた。ここまで、幹侍郎のためにしてくれたことで、天宮の善意は充分に理解できている。天宮の提案がいまできる最善のはずだ。
「外貌……つまり見かけのことで、祖型……つまり既存のサンプルってことだよね?」
「その通り。表現の調整まで手が回ってなかったけど、理解が良いね。個性の部分が一番楽しいところなのに省略になっちゃってごめん。ああ、ひとつだけ、髪の色は一番簡単だからここだけ決めよう。画面タッチで好きなカラーを選んでね?」
天宮とのチャット画面に、何処かで見たことがあるようなカラーパレットが表示される。なんじゃこりゃ。
窓ちゃんにも見てもらうけど、手は出してこない。
僕に決めろという意見なんだと思う。僕もそれが筋だと思う。でも、女の子の髪の色なんて僕にはわからないし、窓ちゃんにも見てもらいたい。
「じゃあこの色で」
黒の当たり、真っ黒では不自然だろうからすこし茶色いあたりの色を選ぶ。
窓ちゃんの様子を伺うと、反対ではなさそうだ。
「色の濃さはどうする?」
「じゃあ、真ん中ぐらい」
ほぼ黒から薄い焦げ茶までのグラデーションのカラーバーが表示されたので、真ん中の辺りをポッチと押す。
どうかな、という雰囲気で窓ちゃんの方を見たら少し驚いている様子だ。
「あれ? 僕が選んだの、おかしかった?」
そう聞くと、窓ちゃんは首を横に振る。
「ううん。いい色だと思う。でも、思ったより明るめの髪になるかも」
「そうなの? ああ……、洋服のカタログ見本なんかでも色って暗く見えがちだもんね。でも、髪の毛の色は少し明るいぐらいでも個性の内だよね?」
「うん、私もそう思う」
窓ちゃんは笑顔でそう答えてくれた。
そのあとに、にこって微笑んでもくれた。
この様子を見ると、すごくおかしいというわけではないだろう。
「……わかった。この色ね」
天宮が声アリで終了の合図をしてくれる。
でも、なんか、ゲームのキャラコンフィグみたいだった。
とりあえず髪の毛は焦げ茶色になるはずだ。少し明るい焦げ茶、ということになるのかな。




