……8月4日(木) 15:00 対話シミュレ―タ:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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「佐々也のことなんだ。やちよちゃんが、今晩、佐々也を連れて東京に帰りたいらしいんだよ。明日TOXが来るから、その前に」
「あ、そうだった。忘れてた!」
「はあ? 天宮でもなにか忘れたりするの?」
「今晩、というのは、どういう事? 迎えが来るのかな? 時間帯は?」
こういう話をしている中、窓ちゃんが駆け込んできた。
「護治郎くーん!」
入って来たところで、大きな声で呼びかけてきた。
窓ちゃんの大声は珍しい。でも、僕も大声で返すことにした。
「なーに? 窓ちゃん!」
返事をして振り返ると、嘘みたいな速度で階段を降りて、半分ぐらいは最後まで飛び降りてしまった。そのまま駆け寄ってくるのもすごく速い。
勢いに驚いているうちに眼の前に到着した。
「良かった……。無事だったんだね」
いままで心細かったけど安心した、みたいな調子でそう言ってくる。
「え? うん。無事……というか、特に危険は無かったけど……」
「護治郎くんの携端が繋がらなくなったから……心配で……」
「え? ……そうだった、通信機材の電源を切ったんだった! 窓ちゃん、聞いてよ。天宮に手を貸してもらって、ちょっとだけだけど幹侍郎と話すことができたんだ!」
「……うん」
窓ちゃんに言われて気がついたので、通信機材に近づいてケーブルを刺して電源を入れ直す。
「それが終わって、いまは天宮と話してたんだ。やちよちゃんが佐々也を東京に連れて行くつもりらしいって」
「……そう、なの?」
「うん。叡一くんが通話で教えてくれたんだ。今晩一〇時に叡一くんと待ち合わせをして、佐々也とやちよちゃんを明日のTOXまでに東京に運んでもらうつもりらしいって。やちよちゃんは僕を刃物で脅してでも佐々也を東京に連れて行くって」
「刃物!?」
「ああ、うん。脅してでも連れて行くぐらいの覚悟があるってことなんだと思う。別にそんな事しなくても、TOXの関係で佐々也を連れて行かなきゃいけないって言われたら協力するのにね」
「……うん」
「どうしたの窓ちゃん? なにか僕、変なこと言っちゃった?」
「ううん。護治郎くんのせいじゃないの。ただ、刃物で脅されてるところを想像したら、ちょっと……」
窓ちゃんが俯いて、握りしめた拳を震わせている。
華奢で小さい拳だけど、握力はたぶん僕より強い。
幹侍郎の事が嬉しくてつい色々喋っちゃったけど、喋りすぎたかな、という気がしてきた。
黙り込んでしまった窓ちゃんを前に、どうしようかな……と逡巡していると、またしても手元の携端から天宮の声が聞こえてきた。
「ちょっと二人共。東京に佐々也ちゃんが行くなら、一緒に私も行くんだからね」
「え? そうなの? それはやちよちゃんも知ってること?」
「TOXの時まで佐々也ちゃんが東京に居残るって話をしていた時に、私も残ると言って本人から許可はもらった。でも、やちよちゃんが叡一くんと話をしてた時に私のことも考えに入れていたかどうかは知らない」
「その言い方ってことは、元から佐々也と一緒に東京に居ることに決まってた感じなのか。でも折瀬に帰ってるんだから、無理にまた行く必要は無いんじゃないか? やちよちゃんのつもりもあるだろうし」
「寝たままの佐々也ちゃんをそのままにはできないからね。そのためにも私が行かないと」
「……やっぱり佐々也の睡眠は危険なのか?」
「私が居たら危険じゃないよ。だから一緒に行くんだし」
要は生命維持装置ということだ。
逆にいえば、それがないと危ない。
自分の代わりに佐々也に支払わせることになってしまった代償の重みが、想定より重いかもしれないと思うと、なんとも遣り切れない気持ちになる。もはや後戻りもできないし、天宮には今後も世話になるから怒りをぶつけることもできない。ひたすら自責だけが積み上がる。
それもこれも、幹侍郎を不完全な形で生み出した僕自身が元凶なのだから、積み上がる自責の重みを向かわせる相手は自分しか居ない。
「わかった。天宮が佐々也について行くんだね。ただ、一個だけ質問したい。その場合、幹侍郎のことは延期になるってことでいいのかな」