……8月4日(木) 15:00 対話シミュレ―タ:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
すると、アプリの画面が消えた。
「えっ? えっ?」と意味不明の間投詞を言いながら、画面上のアプリケーションランチャーを起動してメッセージアプリが何処にあったか探そうとして、インストールしてるアプリが多くて見つけづらい、と苛立って一瞬指を止めた時、やっと天宮が音声で僕に呼びかけてきていることに気がついた。
「護治郎くん! 護治郎くん!」
「ああ、天宮か! 幹侍郎から返事が来たんだ! メッセしたから、返事がないか見ておかないと……」
「止めたから返事は来ないよ」
「止めた? なんでそんなことを!」
「幹侍郎ちゃん自身の状態に言及していたから。完全状態じゃないパーソナリティにそれを意識させるのは、たとえ後まで憶えていない事であっても残酷な思いをさせてしまうの」
「残酷? あ、あぁ……。そうなのか……」
「うん。嫌でしょ? 目も見えない耳も聞こえない手足も動かないなにもできない、例え一時的なシミュレーションであったとしても、そんな思いを幹侍郎ちゃんにさせるのは」
「……うん。言われてみれば、そう……かも」
「落ち着いてきたね。じゃあまたもう一度思い出して、いま護治郎くんが喋ったのは『エミュレータで再現される幹侍郎ちゃんの知性』だったの。ほんとに単純なテキストメッセージだったけど、本人と違っていた?」
「そうだった。言われてやっと思い出した……。いや、忘れてたわけじゃない、思いも寄らなかったんだ。そういえばエミュレータの幹侍郎が本人かどうかを見分けるためにやってたんだった。……いや、違いとかは判らなかったよ。というか、どこが同じでどこが違うとか、そういう問題ではなかったと思う……。でも、短時間だったから、判断ができなかっただけじゃないとは言い切れない」
「短時間じゃなくても『どこかが違ってどこか同じだ』という前提でいれば、疑い続けることはいつまでもしていることができるよ。わかるでしょ?」
「うん……。それはわかる」
「さらに言えば、物を憶えたり、機嫌が変わったり、月日が経って成長したりで、『知性』の働きというのが変化しても同一人物であると判断できる場合というのは以前にも説明して納得してもらったよね」
「うん……、聞いた」
「じゃあ頭のサイズの問題はエミュレーションにすることで解決していいわよね?」
「……もう少しだけ、時間が欲しい」
今現在、僕がメッセージでやりとりをした相手が幹侍郎だったことには、もはや疑いを持っていない。
あえて質問をされなければ、本物か偽物かなんて考えもしなかっただろう。
時間が欲しいのは、今は冷静でないという自覚があるからだ。あとになって後悔をするとしても、あのときは冷静でなかったという言い訳の余地を残すことは避けたい。
とにかく心がざわついて、自分の心に映っていることも見定められない。
もう少しだけ、頭を冷やしたい。
「いいけど、五分ぐらいにしてね。そこが決まらないと、次に進められないから」
「うん。五分あれば充分だよ」
判断に迷っているわけじゃない。幹侍郎だったのは間違いないから。
少しその場から距離を取って、さっき幹侍郎とチャットで会話をした時の気持ちを振り返ることにする。
五分後に手元の携端を通して天宮から声が掛かり、心も落ち着いてきていたので迷わずにエミュレーションで進めてもらう事とした。
* * *
「そうだ、天宮。もう一つ、知らせないといけないことがあるんだ」
「知らせ? 私に?」
「佐々也のことなんだ。やちよちゃんが、今晩、佐々也を連れて東京に帰りたいらしいんだよ。明日TOXが来るから、その前に」
「あ、そうだった。忘れてた!」
「はあ? 天宮でもなにか忘れたりするの?」
「普段は無いんだけど、計算量縮退の時の限定条件にはTOXの予定を入れ損なっていたから、一切考慮の外だった感じ」
「普段はないんだね。今回は特別だと。分かった憶えとくよ」