……8月4日(木) 15:00 対話シミュレ―タ:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
「ううん。聞こえてるよ。今はアプリとは別経路で割り込んでる。出会った初日にもやったやつだけど、憶えてない?」
「……憶えてる。すごく怖かったやつだ……。やっぱり無法なのは最初から変わってないわけか……」
「お互いの便宜のためなんだからある程度は仕方ないと思って欲しい。まあそれはいいよ。護治郎くん、私がこれから言う説明をとりあえず最後まで聞いてね。メッセンジャーアプリをもう一度起動すると、現在オンラインの連絡先に『エミュレータシミュレータ』が加わってる。それが幹侍郎ちゃんのエミュレータのシミュレータ」
説明に合わせて早速メッセンジャーを起動しようとしたら、アプリのアイコンが消えた。
「最後まで聞いて。コミュニケーションはテキスト、つまり文字のみ。再現しているのは断片的な意識であって完全に再現できていないし、明瞭に覚醒されているわけでもないから、現在の幹侍郎ちゃんの状態を意識させるようなことはしないでね。あと計算量が多くなると遅くなるし捌ききれなくなるから、ある程度になったら強制的に止めさせてもらうよ。注意点は以上。まずは挨拶からにして」
言葉が終わると、メッセンジャーアプリのアイコンが同じところに出現した。
即座にそれを押す。
天宮の言いたいことはあんまり判らなかった。
幹侍郎と文字で連絡が取れることと、あとは……まずは挨拶だっけ?
連絡先を確認すると、確かに『エミュレータシミュレータ』がある。長押し選択して、グレーになってない選択肢の中から『テキストチャット(新ルーム)』を選択。
アプリに見慣れたテキストチャットの新規画面が表示される。
ルーム名は『護治郎・エミュレ』。
ルーム名初期値の八文字制限だ。後で幹侍郎に変えておこう。
なんと話しかけるべきか、いざ改めてとなると思い浮かばない。
いや……、天宮から最初は挨拶だといまさっき説明されたはずだ。
[護治郎:幹侍郎かい? 護治郎だよ。久しぶり]
こちらのメッセージにすぐに受信済みのスタンプがつく。
少し待つ。
返事が遅いが、テキストメッセンジャーとはそういうものだ。
少し待つ。
[エミュレータシミュレータ:……お兄ちゃん? どうかした?]
画面の動きが目に入り、それはつまり返事のメッセージが来たと理解し、幹侍郎の返答を読んだ瞬間、周囲から全てのものが消えたように感じて、なにもかもが判らなくなってしまった。
ぼたぼたっ、と涙が画面に零れ落ちてきた。
タッチスクリーンのキーボードで文字を入力しようとするのだけど、涙で反応が撹乱されるらしく入力を受け付けてくれない。自分の指が涙で少し濡れたことでその事に気がついて、指で涙をどかそうとしても上手く行かない。
涙が液体だからだ。
液体ならば拭けば良いので、自分の着ているシャツに携端の画面を擦り付けて涙を拭き取る。試しに一文字入力すると、多少怪しい気もするけど最低限の入力はできそうだ。
なにか注意点があったような気がするけど忘れた。
とにかく伝えたいことを書きたい。
[護治郎:幹侍郎、久しぶり! 会いたかった。いまどうしてる? 淋しくしてないか? 通話に切り替える方法は知ってる?]
なにか大きめの音が聞こえているような気もしたけど、とにかくメッセージを送信。
すると、アプリの画面が消えた。
メッセージダイアログが出ている。
シャットダウンした、というメッセージ。
「あーっ!」
と、大きな声が出てしまう。自分の意思で声を出している気がしない。
大事なところでの不運に対する抗議の声だろう。
アプリを再起動しようと思ったものの、メッセンジャーアプリのアイコンがまた見当たらなくなってしまった。
「えっ? えっ?」と意味不明の間投詞を言いながら、画面上のアプリケーションランチャーを起動してメッセージアプリが何処にあったか探そうとして、インストールしてるアプリが多くて見つけづらい、と苛立って一瞬指を止めた時、やっと天宮が音声で僕に呼びかけてきていることに気がついた。




