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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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……8月4日(木) 14:30  神指邸・幹侍郎部屋:護治郎

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ


――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――

「違うよ。僕も東京に行くんだ。次の手がかりを探しにね」

「手掛かり? ……ああ、そうだった! そういえば叡一くんは高階者(こうかいしゃ)の痕跡を探してここに来たんだったね。淋しくなるけど、そういうことならおめでとうって言わないといけないか……。でも、なにか手続きとかが大変だったんじゃない?」

「いや、ぜんぶ無視だ。ははは、爽快だな」

「爽快とかそういう問題かなぁ? でもまぁ、君が良いなら良いか。東京で高階者が見つかると良いね」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。なにしろ高階者の話をできる相手は少ないから、誰かにそんな事を言って励まされたのははじめてだ」

「……」

 叡一くんは叡一くんであまり広く公言できない険しい道を進んでいるのだと思うと、なんだか次の言葉が出て来ない。

 なにをしているかを誰にも明かせない苦しさというのには、僕もだいぶ苦しめられた。

「じゃあ、お知らせすることは一通りお知らせしたから、これで」

「うん……。そうだ! 僕はここに居るから、誰かと高階者の話をしたくなったらまた通話してきてよ。聞くぐらいなら僕でもできるからさ」

「ありがとう。(いた)()るよ」

 という言葉を最後に叡一くんからの通話が切れた。


 TOXが来る前に佐々也を東京に送り届けないといけない。

 予報によればTOX到来の日は五日。

 あれ? 今日は何日だっけ?

 幹侍郎が目覚めなくなってから、日付の感覚がだいぶ曖昧だ。しかも夏休みで、日付の感覚を回復するタイミングもなかった。

 ちょうど携端を持っているのでカレンダーで確認する。

 四日、木曜。

 つまり、今日はもうTOXの前日だ。

 どうしても佐々也を東京に連れて行きたいらしいやちよちゃんも切羽詰まって焦っているのかもしれない。刃物を出すのもいざとなったら程度の話で決意の表現だろうという気はする。どうしてもやらなきゃいけないと思い詰めた場合にはなんだってする、という心境には思い当たるところがないわけでもない。

 僕の方としては、コンプレキシティの事やこれまでの実績なんかを考えたら佐々也を東京に連れて行ってもらうことにはまったく異存はない、というかその方が望ましい。

 感情的な面を考慮に入れると、脅されてなにかをやる事には抵抗があるし、佐々也にTOXの危険を押し付けるようにして遠くに行ってもらうことに対する抵抗は強い。それに眠ったままの佐々也をやちよちゃんに預けるのも心配だ。

 叡一くんが一緒ならそう悪いことにもならないかな、というのを安心材料に加えることはできるかもしれない。

 感情的には佐々也を東京に送り出すことには最大限の抵抗があるけど、理屈で考えるとこの場所で眠ったままの佐々也がTOXに襲われた場合には対処なんてなにもできないのだから、送り出す他ない。

 感情と理屈がまったく逆の結論を出しているけど、これは感情でなくて理屈側で解決するべき問題だろう。折瀬にTOXが来たらなすすべもないけど、やちよちゃんの元には東京の防衛体制があるのだから、佐々也にとっても安全なのは東京の抗生教だ。

 気持ちの問題なら、東京に眠った佐々也を送り出すぐらいなら僕が行ってTOXと戦うべきだという気がするぐらいだ。理屈で間違いだと分かってもそう思う。でもTOXが来る場所に関しては佐々也でなければ意味がないのだ。

 なるほど、そうか。佐々也が眠り込んだ時にやちよちゃんと話した、僕では代わりになれない佐々也との約束というのはこの事か……。

 そんなことを考えながらはしごを降り、地下通路への隠し扉をくぐったところで、また呼び出し音が鳴った。今度は誰だ?

 佐々也!?

 ……いや。

 つまり、天宮だろう。

 期待外れとは言えどのみち急ぎの用事だろうから、急いで通話に出る。

「護治郎くん? 言ってたあれの用意が整ったよ」

「あれ? 幹侍郎のエミュレーションのシミュレーションだっけ?」

「そうそう。エミュレータのシミュレータで幹侍郎くんの一部再現ができるようになった。環境維持してると後の作業が遅くなるから、早く来て」

「あと五分で到着する。急いで行くよ」


 ところで、天宮が昨日以来、なんというか非常に厄介な感じになっている。

 元々はどちらかと言えば落ち着いた人格だったと思うんだけど……。

 ……いや、よく考えてみると、勝手にTOXに近づいたり、窓ちゃんや深山の通信を妨害したり、元から割ととんでもない行動をする方だったかもしれない。それを社会性フィルタというやつのおかげでなんとなく誤魔化されていただけだった、というのがこれまでの真相のような気もする。

 計算量を節約するために社会性フィルタを減らしているらしいけど、社会っていうのはそういうものなんだっけ?

 いまの天宮について前と違うと感じるのは、やりっぱなしで考えが足りない部分とか、剥き出しの雑さのような部分じゃないかという気がするんだけど、そういうやさしさとか思いやりとか言えるような部分は本人の心の問題なんじゃないだろうか?

 だから本当は社会性フィルターという名前だけど、社会性と一緒に思慮深さのようなものも節約しているのかもしれない。

 だとすれば僕に対する態度がぞんざいなのも、要約すると幹侍郎のためにやってくれている事、という解釈ができる。

 これはつまり僕が文句を言う筋合いのことではない、という意味にもなる。

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