8月4日(木) 14:30 神指邸・幹侍郎部屋:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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8月4日(木)
14:30
神指邸・幹侍郎部屋
護治郎
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今日も魁と出かけるというやちよちゃんに簡単な朝ごはんと昼ごはんを用意して一緒に食べて、それから送り出した。
今日のやちよちゃんは、上が佐々也のTシャツで下も佐々也のダボッとしたズボンという格好をしていた。佐々也とちょうど同じ位の背丈だから、後ろから見かけた時につい間違えそうになったけど、顔が見えていると同じ服でもだいぶシャープな印象になる。
佐々也が着ているとダボッとした楽そうな服という印象なんだけど、やちよちゃんが着ているとカジュアルな作業服みたいな実用的な服装に見える。理屈で考えると全体的に細身で薄いやちよちゃんの方が服の余裕は大きいはずなので、ダボッとしているというのは服の余り具合を厳密に観察した結論というわけではなくて、単なる印象なのだろう。
昼食を終えて、地下室へ向かう。
昨日ならば窓ちゃんはもう来ていた時間だけど、今日はまだだ。今日は昨日のように早く終われるわけじゃなかったようだ。それはそうだろう。僕が研修を受けていた時にはそんな事は一度も無かったんだから昨日が特別だったはずだ。
ちょうど穴の部屋に入って、いつも窓ちゃんが携端を地上に残すのに使っている物置台に「地下に居る」旨の書き置きを残したころで僕の携端の呼び出し音が鳴った。
また天宮の呼び出しかと思ったのだけど、叡一くんの学校用の携端からだった。
珍しい。
というか初めてかもしれない。
なんだろうと思って着信を受ける。
「叡一くんかい?」
「そうだよ、叡一だ。こんにちは神指くん」
「こんにちは。珍しいね。なにかあったの? あ、もしかして、TOXのことかな? えーと。あ、そういえば近々また来るんだよね?」
「当たらずと雖も遠からず、ぐらいの感じだね。そういえば安積さんが帰ってきているんだって?」
「うん、一昨日からね。あっ! 佐々也が居ると、TOXが来るかもしれないのか! この電話は、コン……コンプレキシティってやつの事?」
「いや、それじゃない。安積さんが帰って来てると思ってなかったから、見て確認してないんだ。でも遠からずだ、その話題だよ。やちよちゃんという子がこの村に来ているね?」
「うん。佐々也が連れてきて、うちに泊まってるよ」
「本人からそう聞いたよ。そのやちよさんが、今晩にも君のところから安積さんを無理矢理連れ出す計画を立てているんだ」
「計画? 僕は聞いてないけど……」
「君のことは刃物で脅してでも佐々也ちゃんを連れ出すようなことを言ってたね。だから、計画は君には秘密になってるんじゃないかな」
「刃物で脅す? あの子が? ……まぁ、刃物を出されたら抵抗のしようも無く従わざるをえない気はするけど、コンプレキシティの事もあるんだから言ってくれたら普通に協力するのに」
「だろうねぇ……。でも僕はなんで君に相談しないのかは彼女には聞かなかった。他のことに気を取られていたんだ。君には悪いことをしたね。……それで僕の用件だけど、そのやちよさんに誘われて、今晩僕もお伺いするんだ。そのお知らせだよ」
「やちよちゃんと一緒に君も来るのかい? だったら君も脅迫する側で、僕には黙ってなきゃいけないんじゃないのか?」
「僕は輸送手段であって、彼女を東京まで送る役目さ。それに一緒に行くわけでもないよ。僕の方は夜の一〇時に現地集合で迎えに行く計画になっているんだ。だから脅迫に参加するようには求められてない。でも、単なる出迎えとはいえ君のお宅に訪問するからには、一言断っておこうかと思ってさ」
「……なんと言って良いのか分からないけど、とりあえず教えてくれたのは助かるよ」
「それから用事はもう一つあるんだ。僕は今晩で折瀬を離れる事が決まったから、そのお別れだ」
「え? 急だな。宇宙に帰れることになったのかい?」
「違うよ。僕も東京に行くんだ。次の手がかりを探しにね」
「手掛かり? ……ああ、そうだった! そういえば叡一くんは高階者の痕跡を探してここに来たんだったね。淋しくなるけど、そういうことならおめでとうって言わないといけないか……。でも、なにか手続きとかが大変だったんじゃない?」
「いや、ぜんぶ無視だ。ははは、爽快だな」




