8月3日(水) 19:00 親水公園:やちよ・叡一
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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8月3日(水)
19:00
親水公園
やちよ・叡一
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「どう? 決心は決まった?」
「決まるもなにも、いずれ君について東京に行くのはいいよ。でも今すぐに君を東京に連れて行くことは、僕にはできない。言っただろ、僕はこの場から動けないんだよ」
「え? でも、いま動いてるじゃん!」
「ああ動いてる。半径およそ五キロメートルだ。このデコイは本体の場所から半径およそ五キロメートルの間でだけ動かせる。手を伸ばしているようなものだから、別の次元側に上がってる本体は重すぎて動かせないんだ」
「なに言ってるかわかんない。手はそこにあるでしょ?」
「擬態肢という特別な器官がイルカにはあるんだ。君がいま見てるのが擬態肢の擬態部分で、肢は上の次元側で機能してるんだよ。僕はさっきからずっとそう言ってるんだけど、君は理解しないんだろうね」
「意味が判らない。それに私は腕の話はしてない。だいたい、イルカの本体は今だって動かせるでしょ? 私は知ってるんだよ」
「巨大なんだよ。簡単には動けないんだ」
「難しくても動けばいい。東京までなら、すい……すいしん……、えーと、燃料も足りてるよね? 私は知ってるんだよ」
「……ああ、推進剤も燃料も厳密に言えば行くだけなら足りる。しかし、なぜそれを知ってるんだ?」
「言ってるでしょ? 私には地球の意思が分かるって。地球がそれを知ってるから私も知ってる」
「またそれか! 失礼ながらよく居るんだよ、惑星の意思が分かるって人はね。僕からすれば石の塊のどこに意思があるんだと思うんだけど、知り合いのイルカにもいるよ、閉ざされた地球の声を聞き、新太陽とテレパシーで会話する人が」
「お前……、自分で言ってるけど本当に失礼な奴だな……。そもそもお前自身、身体を見えない所に隠しているだろ! 地球の身体の中心は確かにものを考えたりしない石の塊だけど、地球の全体には石の塊しか無いわけじゃない。あたしも地球もそこになにがあるかまでは知らないけど、お前が自分の身体を隠しているその場所に、地球のなにかが隠れているとなぜ思わないんだ?」
「? ……珍しいことを言うね。僕が知ってる地球と話すイルカたちからは聞いたことがない発想だ。そういうイルカたちが言うのは、星界とか霊魂とか波動とか、割とパターンがあってね、目に見えないけど感じ取る何かという事は言うんだよ。でも、別次元への身体器官の折り畳みで知性を実現しているという話は聞いたことがない。新理論かい?」
「なんだよ新理論って? あたしは抗生教のやちよだよ? こっちの歴史は五千年だ。歴史の古さなら負けないよ?」
「話が噛み合わないな……」
「お前が失礼なこと言ってきたんだろ! 喧嘩なら買うよ?」
「ならば東京にはついて行けないね。話はここで終わりでいいかな?」
「あ、それがあった。すまない。あたしは喧嘩を売るつもりはない。売られても買わない。約束する」
「そうか? それならよかった。それに僕も、ちょっと挑発しすぎたかもしれないね。こちらからも謝罪させてもらうよ」
「まだるっこしい喋り方だな。あ、これは喧嘩を売ってるんじゃないよ。えーと、指摘だ」
「いや大丈夫。でも、これで僕は慣れない言葉を喋ってるんだから、少しぐらいうまい喋り方でなくても見逃してもらいたいところだけどね」




