……8月3日(水) 17:00 幹侍郎部屋:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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「解決? できそうにはとても思えない問題だったけど……」
「新しい身体の仕組みを作り上げるのは難しいけど参考にできるものがあれば別に専門家でもない私でもどうにかできるっていうのと、ふたつの系統を接続するから難しいのであって、同じ系統内に組み込めば矛盾も出ない、ことはないけど矛盾は少なくとも減るんだ」
「参考にできるもの? 同じ系統に組みこむ? それができるんならどっちもそうした方がいいに決まってるけど、それができないから苦労してるんじゃないのか? そもそも参考にするもなにも、なにをだよ。どこに在るんだそんなもの」
「私」
僕の言葉に天宮がすっぱりと返してきた。
「……言われてみればその通りだ」
「そこで提案っていうのは、幹侍郎くんの身体を、単純置き換えじゃなくて私の身体と同じものにしてしまわないか、ってこと」
上手く飲み込めず、相槌の言葉も出てこない。
幹侍郎の身体を、天宮と同じものに?
脳が変わって、身体が変わって、それで、幹侍郎は生き返ることができるのか?
それは生き返ったと呼んでいいのか?
生き返ってきた「それ」は本当に幹侍郎なのか?
「あ……」
どうにか喉を通って音を発したけど、言葉にはならない。
根本の根本から違うことを考えないといけない。
突飛な発想。佐々也がよくやるやつだ。
佐々也なら、なんと答えるだろう。
いや、答えられないと言うかもしれない。というか、きっと言うだろう。でも途中まで一緒に考えてくれるはずだ。佐々也と相談したい。
でも佐々也はこの選択を作るためにここには居ない……。
「天宮。佐々也と話せないか?」
「佐々也ちゃんは眠ってるから無理だよ」
「ボイスチャットの向こう側の、そっちにいるんじゃないのか?」
「いないよ別に。あえて言うなら、私の居るこっち側は私の頭の中ってことになるのかな? 佐々也ちゃんは佐々也ちゃんの頭の中に居るんじゃない? ……多分」
なんとなく、天宮の肖像が画面に写っているから、頭の中のそういう場所に居るのをカメラで撮っているような気がしていたけど間違いのようだ。これだけはっきり間違いと言われるなら違うのだろう。
とにかく凝り固まった頭を少し切り替えないといけない。
とりあえず、さっきから気になっていたことを口に出してみる。
「天宮。いつもと喋りの雰囲気がちょっと違うよね」
「計算量を節約するのに言語化の社会性フィルターをかなり弱めにしてるからじゃない? フィルタが弱くても私には違いないんだけどね」
「腹蔵無く話すってやつか。そんなことでも計算量の節約になるんだな」
「なるよ。……それで、どうする?」
社会性フィルターが弱いので、単刀直入になるのだろう。わからない話じゃない。
自分から口に出したことだけど、でもそんなのはどうでもいいことだ。
今の自分が感じている躊躇を、天宮に伝えるために懸命に頭を働かせて頑張ってまとめる。
「……えーとつまり、脳を作り変えて、身体も入れ替えて、それでも幹侍郎のままだということになる気がしないんだよ……。天宮から見たらそれでも同一人物ということになるのかな?」
「まぁ、言いたいことはわからないでもないけど、それは私達ダイモーンには意味のない問いだよ。知性の同一性こそが生命の証だし、稼働中にその総合的なアウトプットから同一性を見出す。身体やハードウェアを入れ替えたり、記憶やソフトウェアとしての動作パラメータを一部入れ替えたりしても、アウトプットに連続性があればダイモーンとしては同一人物。知性系統である脳部分のエミュレータが以前と連続性を持って稼働するのであれば、表現系である身体を交換しても同一人物。……というのがダイモーンとしての私からの見え方。でもね、これは護治郎くんからどう見えるかと言うのが中心の問題だよ。昨日佐々也ちゃんが言ってた、私のことを信用してもいいけど根本が違うから間違うっていうのは、まさにこのこと」
「ああ……、寝る直前に言ってた、決めなきゃいけないってのも、このことだよね……。普段の佐々也がちょっと間抜けに見えるのは仕方ないんだけど、本当はやっぱり賢いんだよな……」
「佐々也ちゃんは考えるのを止めないからね。理解できなくても、分からないと思うところまでは考える。誰かとの間で考えが伝わらない時は、一緒に考えてくれる。だから、簡単には伝わらない人たちから好かれてるんだよ」
幹侍郎だけじゃなくて、天宮、叡一、やちよ、東京で会った子供。確かに佐々也は変わった存在から好かれやすいとは思っていた。
「……確かに。あれは……、そういう理由なのか……」
「その分、すぐ伝わる人からは変人だと思われるみたいだけどね」
「それはそう。分かり切ったことがそのままできないタイプだからなぁ」
煮詰まっていたところで、佐々也の話をして僕にも少し余裕ができた。
「僕には確信が持てないんだ。生まれ変わった幹侍郎を幹侍郎と思えるかどうか。脳の構造が違う、身体の見かけも違う。でも振る舞いが幹侍郎だと思える、そんなことがそもそも可能なのかどうか確信が持てない。もし同じ幹侍郎だと思えなかった時、生まれてきたその子に残酷な態度を取ってしまうかもしれない。それが怖いんだ」
「……言われてみれば、ここには前例が居ないんだね。わかった。エミュレータの動作シミュレータをスケールアップして、なにかできないかどうか調べてみる。いちおう、生まれ変わりに立ち会った経験がある身として言わせてもらうと、振る舞いの記憶というのは強烈なものだからあんまり心配しなくても平気だよ。でなかったら、久しぶりに会う懐かしい友達なんてものも成立しないんだから」
「そうか……。そうかもね。ありがとう、天宮」
社会性フィルターが弱いとはいえ、こちらの躊躇を無視しないで居てくれるのだから、やはり天宮は信用して良い相手なのだろう。フィルタに掛からない、本音の意見でも気遣ってくれているということになるもんな。




