……8月3日(水) 14:00 折瀬・大回り:やちよ
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十八章 夏の夜空に飛ぶイルカ
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8月3日(水)
14:00
折瀬・大回り
やちよ
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窓から借りた可愛い服を着て魁に会いに行く。
黒い道が終わり、橋の横の階段を降りて土の道。
借りものの慣れないサンダルで苦労して歩いていると、待ち合わせの場所が見えてきた。
「あっ! 魁〜!」
そこではもうすでに魁が待っている。
走ると転びそうなので、手を振りながらゆっくり歩く。
芝になって地面の感じが切り替わるところで少しよろけたら、「大丈夫?」と言いながら魁が駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫。転ばないよ」
「今日の服は他所行きみたいだから、あんまり汚しちゃいけない服かなと思ってさ」
「この服かわいい? 窓に借りたんだよ。汚しても平気だって言ってた」
「汚しても平気? せっかく可愛い服だからできれば汚さないようにしようね。でも、やちよちゃんは窓ちゃんとも知り合いなの? 前から?」
「ううん。三日ぐらい。佐々也ちゃんと一緒にビデオ通話したの」
「ああ、東京で佐々也ちゃんと知り合ってからか」
「そうなんだ。窓はびゃ……、あ、これはなし。それから、今日の朝と昼のご飯は護治郎にもらったんだよ」
「あーっ。もしかして、ご飯を買いにコンビニに行った? 今朝は護治郎が知らない女の子と一緒にいたって噂を聞いたよ。そうだ、なに食べたの?」
「朝はぶどうジュースと唐揚げ弁当とチョコ。昼は目玉焼きとパン」
「美味しかった?」
「うーん。普通ぐらい」
「ははは。容赦ないな。そういえば佐々也ちゃんは? 一緒に来たんだったよね?」
「佐々也ちゃんは寝てるよ」
「たしかに疲れてるかもなぁ。佐々也ちゃんはいつでも面白いけど、番組で見るほどには元気いっぱいってわけでもないんだよね。自分のペースで生きてるから、わりとゆっくり穏やかにしてるみたいなところはある」
「佐々也ちゃんって、喋らないときもずーっと考え事してる」
「うん。でも本人に声をかけてみると、本当に考え事してるときと、単純にぼーっとしてる時があるらしいよ。思い詰めてるみたいな顔をしてる時もあるけど、その顔でぼんやりしてるんだって」
「役に立たないようなことを考えてる時があるのは知ってたけど、佐々也ちゃんって、あの顔でぼーっとしてる時もあるんだ……」
いっつも考え事をしている佐々也ちゃんだけど、眠っている今も考え事をしてるんだろうか。それとも夢の中で考え事をしてるんだろうか?
三日も眠り続けだと夢も大長編になるのかもしれない。
起きたら聞いてみよう。
「じゃあ、下の町に行こうか。僕たちの学校の本校舎を見てみたいんだよね?」
「うん。学校のこと、あんまり知らないから……」
「そう聞いたら、張り切って案内しちゃうよ。学校、楽しいからね」
「私は勉強好きじゃない」
「みんなそう言ってるけど、学校では友達に会えるからね。やりたければ部活もできる」
「部活ってなに?」
「あ、そこからか……。説明が難しいな……。タクシー呼んでるから、乗ってから説明するね」
魁がそれぐらいまで言った時に、少し遠くに誰も乗っていない車が来た。
無人タクシーだそうだ。
タクシーは知っている。お金がかかるやつだ。
「お金持ってない……」
「大丈夫、村民は割引があるから、僕が支払いをするよ。でもそういえば、車に乗って出かけても大丈夫? いま気がついたけど、保護者の方とかに断りを入れなくても平気?」
「大丈夫……。護治郎と窓には言ってあるから」
「それならいいね」
魁と一緒にタクシーに乗った。
なんだかトクベツなことをしてもらったみたいですごく嬉しい。
タクシーの窓を開けてほしいと言ったら、私にはわからない機械を触って、それもやってくれた。




